Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
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Requiem

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St. John's Collegeの聖歌隊が歌うモーツァルトを聴きに行ってきました。

これも、Cambridge Music Festivalの演目の一つ。St.John'sの聖歌隊はKing'sと人気を二分し、こちらの方が上手だという人も多いので、とても楽しみでした。しかも、曲目は大好きなレクイエム。夜の9時半からのスタートですが、大きなSt.John'sのチャペルは人でいっぱいでした。St. John'sは礼拝時以外、前室に入れてくれないので、初めて大きな天井の下にある祭壇に近づきました。天井がとにかく高く、とても素晴らしい装飾画が描かれています。そして順番に入ってくるのは、オーケストラ、男声女声の合唱団、そしてソリスト達。チューニングの音で気持ちも高まります。

最初の音で、感動しました。素晴らしい。音響効果が素晴らしくて、身体全体を揺さぶるような感覚の和音の響きでした。身体全体というか、自分の身体の中身だけ、グッと捕まれて揺さぶられているような感じです。音楽って、どうしてこんなにダイレクトに心にそのまま訴えかけてくるのでしょう。少しオーケストラの音が強すぎるように思いましたが、古楽のレクイエムを聞き慣れているせいもあるのでしょう。宗教音楽は、やっぱり教会で聞くとひときわ素晴らしいように思います。聴覚だけでなく、視覚も、おそらく空気感という点では触覚も、すべてをゆだねられるような空間に響き渡るレクイエムは、言葉を奪うほど素晴らしかったです。余韻が消え去るまで身動きもできない感じでした。教会全体が荘厳な雰囲気で包まれていました。そして、おそらく、前日のハワース体験が後を引いているのでしょうけれど、その日、二度目に、自分がケンブリッジという場所にいて、実際にこのコンサートを聴いていることがなんだか信じられないような気持ちになりました。モーツァルトのレクイエム、やっぱり素晴らしい曲ですね。音楽がこのように人の心をダイレクトに揺さぶり、そして表現しがたい感動を与えてくれるのはとても素晴らしいことだと思います。

そして、もう一つ思い出していたのは、St.John'sでこの5月に、映画「エリザベス」の続編を撮影していたこと。「エリザベス」はなかなかよくできた映画だと思いますが、一番最後に、さまざまな裏切りと葛藤を経験したエリザベスが、ひとりの女性であることをやめて、「女王」として生きるために、髪を切り、特殊な化粧を施すシーンがあります。彼女の腹心の侍女は涙を流しながら彼女の変身を手伝いますが、その時に流れる音楽がこのレクイエム。女性、そしてひとりの人間であることをやめることによって、彼女は限りなく女王として神の存在に近づこうとします。だから人間としての彼女の死に捧げられるのがこのレクイエムであり、音楽が見事に彼女の精神状態を表しながら観客を一気に映画のクライマックスに引き込む瞬間です。音楽の持つ力って本当にすごいですね。改めて、音楽の素晴らしさを感じた夜でした。
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by ellisbell | 2006-11-19 05:19 | Cambridge life

ハワース牧師館

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今日のケンブリッジは朝から降ったりやんだりの奇妙なお天気。

昨日までいたヨークシャーよりは暮らしやすいお天気だと思いますが、やっぱりここ2週間ほどの寒さで紅葉が(こちらでは「黄葉」ですが)一気に進み、今朝30分ほど続いた雨でたくさん葉が落ちていました。これだけ緑が多いのは、ケンブリッジの特徴でしょうか。あちこちに広い芝生の公園があって、大きな木がそびえています。ハワースの、冬枯れのヒースに覆われた赤茶色のムーアとは対照的だと思います。

今回は「仕事」の旅。現在は、ブロンテ・ミュージアムになっている牧師館を訪ねました↑。夏から計画していながら果たせなかった資料収集のための訪問です。とは言っても本当のところは、必要な資料があるわけでもないのですけれど、知り合いの先生が快く紹介状をくださったので、シャーロットやエミリの直筆原稿や所蔵本などをこの手で触れるのなら♪というミーハー気分で行ってきたのでした。朝にケンブリッジを発って、ピーターバラ経由でリーズへ、そこからローカル線に乗り換え、さらにバスに揺られていく旅。5時間ほどの旅の後、到着したハワースはどんよりとした曇り空でした。牧師館に併設されたミュージアムショップで名前を告げるとresearch assistantのLが迎えに来てくれて、牧師館の内部にあるresearch libraryに入れてくれます。時間は余りありませんから、用意してくれてあったリストに目を通し、積み上げられた関係書籍を流し読みします。隣で仕事をしているLはさすがにプロですから、「こういう分野が知りたいんだけど」と聞くと、すぐにいろいろ調べてくれて、たくさんの本を持ってきてくれます。もちろんすべてに目を通すことはできず、一日目が終わりました。

c0105386_4584073.jpg宿泊は、ブランウェル・ブロンテがアヘンを買いに立ち寄っていた、教会の目の前の薬局。今はおみやげ物やさんになっていますが、2階がB&Bになっているのです。最近は3時頃には暗くなり始めますから、5時にはもう真っ暗。シーズン・オフのハワースの街はとてもうら寂しいところでした。シーズン中こそたくさんの観光客が訪れますが、今の季節は週末だけの営業も少なくありません。その分、人はみんな親切で、声をかけてくれたりほほえんでくれたりと、英国の田舎らしい良さはあります。ひとりですから、早めの夕食を済ませてから部屋でのんびりくつろいでいると、強い風の音が聞こえます。小説の中でロックウッドが経験するwutheringは、荒野の一軒家ですからもっとすごいのでしょうけれど、この音を聞いて、冬のハワースだと感じ入りました。

c0105386_4591663.jpg次の日、朝から少しだけ墓地と荒野を歩きました。やっぱり何度訪れても、エミリの強さが際だって感じられる場所です。もう少し時間を取ってムーアに分け入りたいところですが、予約があるのでそれは無理。その代わり、いよいよお願いしておいたシャーロットとエミリの聖書を見せていただくことができました。とても不思議な気持ちです。この本を、彼女たちが実際にさわって、記憶するまで読んでいたのかと思うと、急に彼女たちの「実在」に気付かされる気持ちがしました。伝説のような作家ですが(だからD.H.ロレンスと並んで、伝記の多い作家なのです)、実在の、肉体のある人間だったのだという当たり前の事実に、少し驚きを覚えました。そして、それはやっぱり、感激的な体験でした。「研究の役に立ったかしら?」と聞くLに、「うーん、残念ながら」と言うと、「でも実際にこの目で見ることに価値があるんだものね!」とウィンクしてくれるLは、とっても英国人らしいユーモアにあふれていました♪

帰りも5時間以上の電車の旅。肉体的には疲れてしまいましたが、新鮮な感激を受けて気持ちも高揚する旅でした。こんな機会が持てたことに感謝しつつ、ケンブリッジに戻ってきました。今日はこれから、一転して冬の夜の楽しみ。St John's Collegeの聖歌隊を聞きに行きます。曲目はモーツァルト。そういえば、St John'sは、ブロンテ姉妹のお父さんの母校です。
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by ellisbell | 2006-11-18 04:59 | literature

オーラ・ソーマ

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今日は一日曇り空の、どんよりとした日でした。

先日、オーラ・ソーマ・プラクティショナーのお友達に、初めてこのセラピーをしていただきました。オーラ・ソーマは、英国発祥のカラー・セラピー。いかにも不思議なものや神秘的なものも大事にしてきた英国らしいと思えるセラピーです。セラピーでは、100本以上並んだ、二層に別れたさまざまな色の美しいボトルの中から、自分の心に訴えかけてくるボトルを選びます。カラー・セラピーというからには、ボトルの色がもっとも大事なのですが、このセラピーは色だけでないところがとてもおもしろいところです。びっくりするような色の組み合わせのボトルも含め、たくさん並んでいる中から気に入ったものを4本選ぶこと。迷いそうに思いますが、自分が気に入るボトルというのは、光り輝いているというか、それしか目に入らないような気がするのがとても驚きでした。100本以上あるのは分かっていますが、コンサルテーションの最中に選ぶボトルは、ほとんど直感的にこれ、とすぐに決まってしまいました。実際に別の日に見ると、ああ、こんな色の組み合わせもあったのね、とかこれもきれい、とか思うのが不思議ですが、その時には、やっぱりボトルが呼んでいるとでもいうのでしょうか。オーラ・ソーマは「自分の内面を見つめる魂のセラピー」だそうですが、確かに、自分の中からある色の組み合わせが自然に選べるのが驚きでした。

そして、もちろん、お友達のコンサルを受けているので、いろいろ話しやすいのは当然なのですが、彼女とお話している間に、自分が今向かっていること、未来に見えていること、自分の本質等が、再確認されてきます。今まで自分自身でも気付かなかったことを、ボトル自体が話しかけて来てくれるような感覚。そして、私自身の課題も含めて、すべてがポジティブなメッセージなのです。私の課題や問いに対する答えは私自身が持っていることに気付かせてくれるセラピーでした。セラピーといっても、構える必要もなく、きれいだからやってみたいというくらいの気持ちでしてもらったのですが、終わったときにはより深く自分のことを知ることができたように思います。

このセラピーは、色だけでなく、数秘学や占星術、タロット、薬草学、アロマなどさまざまな要素が複合的に絡み合ったセラピーです。神秘主義的な側面もありますが、しっかりと地に足のついた癒し効果もあります。だから、このボトルは見てきれいなだけでなく、実際に化粧オイルとして使うこともできるのです。彼女の励ましと一緒に、ボトルを2本いただいて帰ってきました。使いたくなったときに使えばいいと言ってもらったので、今のところ、私は机の前の窓枠に並べて、毎日眺めています。
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by ellisbell | 2006-11-15 05:34 | miscellaneous

Remembrance Day

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英国では、今日はRemembrance Sunday。

昨日のRemembrance dayを受けて、今年は式典が今日執り行われました。二つの世界大戦を始めとする戦争や紛争で、祖国のために命を捧げた人々を記念する日、Remebrance dayは第一次世界大戦が終わった11月11日と定められ、一番近い日曜日に記念式典が行われます。先月から、プラスチックで作った赤いポピーの花をテレビのアナウンサーや、街行く人々が身につけていたし、街頭でもそれが売られていました。プラスチックの赤いポピーは、英国在郷軍人会(よく、アガサ・クリスティなどにも出てきますよね)が販売するもので、戦没者への敬意の印として人々が身につけます。最近ではそのポピーに対する関心がとみに高まって、街頭で売るボランティアが不足しているとの記事を読んだりもしましたが、「英霊」に対する意識が高まっているということなのでしょうか。欧州ではEUの強化に従って、ナショナリズムが高揚しているとも言われていますが、それを示す事例なのかしらと思ったりもします。

私個人は、今日が戦没者記念式典だと言うことをすっかり忘れていました。朝ごはんを食べた後、CDをつけようとしてコンポのスイッチを入れたら、設定したままだったFMからバグパイプのマーチが聞こえてきました。あら、タイムリー☆と思って聞いていたら、式典だと言うことが分かったので、慌ててBBCをオン。バッキンガム宮殿の近く、Whitehallでの式典をみることができました。11時を告げるビッグベンの鐘の音とともに2分間の黙祷。さまざまなregimentsがそれぞれ正装をして、その式典に参加しています。もちろん退役軍人がほとんど。現役も来ていますが、おじいさん達がたくさんの勲章を着けて、中には車いすに乗って、誇らしげに参加しているのをみていると、少し複雑な気持ちになりました。バッキンガムの有名なふわふわ帽子をかぶった楽隊の演奏もあれば、バグパイプを抱えたスコットランドの音楽隊も来ているし、本当に盛大な式典です。ブレア首相と並んで、式典に参加するために昨日やってきたニュージーランドのヘレン・クラーク首相の顔も見えます。そしてさらに、Commonwealthからのたくさんのゲストがその後ろに並びます。国教会のミサも同時に行われますが、カトリックを始めとするさまざまな宗教指導者も同じく参列しています。そして、ロイヤルファミリー。女王を筆頭に、エディンバラ公、チャールズ皇太子、ヨーク公やケント公が並びます。そして黙祷の後、それぞれが手に持ったポピーの花輪を戦没者記念塔に捧げるのです。

日本で言うと、極言すれば、靖国参拝のような行事と言えるのでしょう。ほとんどの参列者は軍服ではなく正装なので、見ている私はこれが「軍隊」であることをほとんど忘れそうになります。アメリカにも同様の式典はありますが、テレビを見ながら複雑な気持ちにとらわれました。英国はどこの街に行ってもたいてい、戦没者記念塔のようなものがあるし、人々は祖国のために闘った英雄をたたえる気持ちを持っています。でも、裏を返せばこれは戦勝国の式典であり、英国がどれだけたくさん戦争をしてきたかの歴史でもあるのですから。patrioticであることとnationalistであることはもちろん違うし、ひとりひとりの戦士が絶対的な悪であるとは言えませんが、これが「軍隊」であって、今でもCommonwealthの人々がたくさん英霊に対する敬意を表するために英国にやってくると考えると、今も大英帝国が存続するような錯覚にとらわれます。アメリカの友達の愛国心に違和感を覚えることは多々ありますが、それと少し近い感覚。画面から目が離せませんでした。アップになっていたのは、大戦中は陸軍少尉として戦時協力をした女王。英霊に敬意を表して頭を下げた現代の英国女王はどのような気持ちだったのでしょうか。
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by ellisbell | 2006-11-13 05:25 | history

北の都(文化・食べ物編)

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再度、エディンバラ旅行記です。

主な観光地としては、先述したように、ホリールード、エディンバラ城、セント・ジャイルズ教会などを回り、それぞれにスコットランドの歴史を十分に感じることができました。英国の正式名称の一部、the United Kingdomはイングランドとスコットランドの連合であることをさすわけですが、実際にはスコットランド側に不平等感を感じる人が多いらしく、ショーン・コネリー(←大好き♪)などは完全分離派として政治活動もしていますよね。(そういえばエディンバラは彼の出身地でした。)やっぱりスコットランドの地で感じることは、イングランドとは空気が違うということ。うまく説明できませんが、やっぱり違う国なんだと言うことを、ひしひしと感じました。スコットランドの文化で有名なものは、ハギス、タータン、そしてウィスキーでしょうか☆

c0105386_5283887.jpgハギスはさすがに私は苦手なので、今回も避けてしまいましたけれど(ハギスというのは、羊の内臓にオート麦などを混ぜて、羊の胃に詰めたものです)、それ以外の食べ物はとても楽しむことができました。知り合いに勧められたThe Fisher's(お魚料理)もおいしかったし、カレドニアン・ヒルトンではアフタヌーンティーも楽しみました。スコティッシュ・アフタヌーンティーはショート・ブレッド(←バターたっぷりのクッキーみたいなものです。おいしいので大好きですが、カロリーを考えると怖いものがあります)がつくそうですが、今回のティーは普通の3段にパンケーキのようなものが付いていました。(食べきれませんでしたが、それでも動くのも苦しい状態になりました。)エディンバラ城の隣にある、エディンバラを代表するthe Wichery(ドクター・ジョンソンが食事をしたらしい、というミーハー根性で背伸びをして行ってみた)も楽しんだし、満喫です。c0105386_529415.jpgそして、忘れてはいけないのがこのカフェ、エレファントハウス。そう、J.K.ローリングがコーヒー1杯で粘ってハリー・ポッターを書いたというカフェです。フレンドリーで、学生の多い、居心地のいいカフェでした。中は全然ハリポタを売りにしていないのも気に入りました☆

もう少し文化的なことといえば、スコットランド・ナショナル・ギャラリーにも行きました。ロンドンほど大きくなく、こぢんまりとした中に、そんなに有名ではないけれども秀逸な作品が並んで、こちらも居心地のいい美術館。その後、道を歩いていると、待望のバグパイプの音が聞こえてきました。スコットランドに来た♪という気持ちが盛り上がります。もちろん、演奏者は伝統衣装のタータンキルトを身につけています↑☆ハイランドの男性正装。タータンは日本の家紋と同じく、クラン(氏族)によってデザインが違います。有名なのは、英国王家のロイヤル・ステュアートでしょうか。赤地のタータンはきっと誰でもみたことがあるでしょう。(そういえば、今のエリザベス二世は、スコットランドではエリザベス一世なのですよね。シェイクスピアの時代にはスコットランドは別の国だったから。その辺りもスコットランドの心意気です☆)今度は絶対に、もっと深くスコットランド文化が息づくハイランド地方にも行きたいと思いました。

そして、最後はスコッチ・ウィスキー。当然、行ってきました♪ヘリテージ・センターで、スコッチの作り方、それぞれの地域の味や製法の違い、シングルモルトとブレンディッド・ウィスキーの違いなどを勉強して、最後はウィスキー・ショップ。これが目的でもありますから、しっかり買い込みましたよ☆6種類。お味は、また、報告します☆
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by ellisbell | 2006-11-12 05:36 | trip

北の都(観光編)

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誇り高きスコットランドの首都、エディンバラを訪れました。

ケンブリッジから電車で5時間。緯度で言うとコペンハーゲンよりも北にある街。この時期は、いくら今年の秋は暖かいとはいえ、朝晩の気温は氷点下に下がります。ヨーク滞在中に冬時間に切り替わったこともあり、北海を右手に眺めながら北上する電車の中で、きっと寒いだろうと覚悟を決めていました。ニューカッスルを越え、イングランドとのボーダーを越えると、緩やかな丘陵地帯が見えてきます。そう、平坦なイングランドとは違って、スコットランドは英国最高峰ベン・ネヴィスを始めとする山々を抱えた部分ですから、日本人の私にはなんだか懐かしいような風景が広がります。到着したのは午後2時頃。最近の英国は、午後2時をすぎると日差しが夕方になりますが、この日も風が冷たくて本当に寒かったです。駅を出たところで写真を撮っていると、向こうからやってきたおじいさんが、「どこから来たの?写真を撮ってあげようか。僕にも日本人の友達がいるんだ」と親しげにしゃべりかけて来てくれました。英国では北上すればするほど人が親切になるというのは本当です。そのおじいさんも、「もう冬になっちゃったんだ、今度は夏に来なさい、素晴らしいから」としきりに寒さを気遣ってくれます。確かに寒い!けれども、弱まりゆく光の中でみるエディンバラは、10年前に訪ねた時の面影はそのままですが、印象がまったく変わって見えます。険しい岩山に二つのお城がそびえる街は、世界遺産の名に恥じない美しいたたずまいを見せていました↑。前回は生まれて初めて自分で計画した海外旅行でイギリスを選び、ほとんど知識もないままにスコットランドにやってきましたが、今回みる北の都は、プラハやドレスデンを思わせる、黒ずんだ石造りの尖塔が立ち並んだ、東欧的な街に思えました。そして、北の都らしく、冬がやっぱり似合います。ここは、やっぱりイングランドとは全然違う国なのです。国としても民族としても、本当に違う二つの国家なのだなぁと言うのが今回一番強く感じたことでした。スコットランドは言うまでもなくケルトの影響の強い部分(ヘブリディーズなどではまだゲール語が使われています)ですが、イメージとしては、コーンウォールやアイルランドと比べて、純粋にケルトというよりももっと北方の民族、デーン人やヴァイキングの印象もかなり強いような感じがしました。この地の文化も独特で素晴らしいものですよね☆

c0105386_548268.jpgエディンバラの街は、東西に走る谷間に鉄道線路があり、それによってオールド・タウン、ニュー・タウンと分けられています。オールド・タウンの中心、ロイヤルマイルと呼ばれるハイストリートにほとんどの観光名所が集中していますが、今回行った主な名所は、エディンバラ城、セント・ジャイルズ大聖堂、そしてホリールード・ハウス宮殿。要塞として使われたエディンバラ城に対して、ホリールードの方は現在も英国王室のスコットランドでの居城として使われている優雅な宮殿です。どちらに行っても、スコットランドのメアリー(カクテルBloody Maryのメアリはエリザベス1世の腹違いのお姉さん。こっちのメアリーはエリザベス1世のいとこで後に暗殺されるかわいそうな女王)ゆかりの場所なので、彼女のエピソードでいっぱいです。1枚目の写真でひときわ高くそびえているのはスコットランドの国民的人気作家、ウォルター・スコットのモニュメントですが、これは世界一高い作家記念塔だそうです。このふたりをこよなく愛するスコットランドの人々が、強い愛国心を持っているのは容易に分かりますよね。c0105386_5481499.jpg1999年にブレア政権はスコットランドに自治を認め、ここは国防と外交以外は完全なる自治権を持つ国です。エディンバラのHSBCでお金をおろしたら、(予測はできましたが)スコットランドの紙幣でした。(ウォルター・スコットの顔が印刷された紙幣・・・これ、イングランドでは嫌がられるんですよね・・)セント・ジャイルズ大聖堂は、スコットランドで宗教改革の行われた場所。宗教改革(イングランドとは違ってこちらはちゃんとした宗教改革です)によって内部の装飾をいろいろこわされた大聖堂は、美しいステンドグラスを持ちながらも禁欲的な雰囲気の漂う、重々しく荘厳な教会でした。そう、久しぶりに訪れる北の都はやっぱりプラハやドレスデンを思わせます。バグパイプの音がとても似合う美しい街でした。そして、カールトン・ヒルからみるエディンバラは、すぐ近くに海の見える街で、さすがにここでいただいたお魚料理はおいしかったです☆

盛りだくさんの旅行だったので、たくさん書きたいこともあり、残りは明日また書くことにします☆まずは、観光編♪
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by ellisbell | 2006-11-10 05:50 | trip

King's College Choir

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今日も一日曇り空、そして今は冷たい雨が降っています。

今週から、Cambridge Music Festivalという催しが始まっていて、今夜は世界的に有名なKing's Collegeの聖歌隊のコンサートに行ってきました。地元密着型の音楽祭ですから、行われるコンサートも小さくて、コレッジや教会の催しも多く、敷居の低い音楽会があちこちで行われています。キングスの聖歌隊は、10年前に知り合いの先生がケンブリッジにいらっしゃるときに連れて行っていただいた時にとても感激したので、こちらに来るお友達で時間がある方とは、時々evensong(夕べの礼拝)にご一緒したりします。コレッジのチャペル(真ん中にそびえるのがチャペル)↑は壮麗で、外から見ても本当に美しい、ケンブリッジを象徴する建物ですが、中はまた素晴らしいのです。最近の英国は4時半には日が暮れてしまうので、8時スタートのコンサートというと、本当に夜の真っ暗な中をコートを着込んで聞きに行くという感じ。それも冬らしくていいですね。

c0105386_8225827.jpgモーツァルトの生誕250周年を世界中で祝っているのに乗じてか、音楽祭全体がモーツァルトを組み込んでいるようです。今日もモーツァルトで始まった歌声は、少年聖歌隊を組み込んだり男声聖歌隊だけで組織したりと曲目ごとに構成を変えながら、1時間15分続きました。ケンブリッジ出身のSwayneという現代音楽家の曲も入り、本当にバラエティ豊かです(パンフレットによると、彼の60歳のお祝いも兼ねているらしい)。初めて聴いた作曲家ですが、不協和音を巧みに使いながらチャペル全体をふるわせるような音を構成していく、おもしろい曲でした。そして最後にバッハ。さすがに宗教音楽を専門とする聖歌隊ですから、本当に感激的にきれいな歌声でした。人間の声がこんなにも変化して、そして一つの大きなうねりのようなものを作り上げていくのを感じていると、本当に宗教的体験というのがとても原始的なものなのだと感じられます。この聖歌隊自体はたくさんCDも出しているし、男声聖歌隊のOBはプロになることも多く、少年聖歌隊の方は、キングス付属の小学校で構成されているのですが、声のいい子供は授業料が免除になる(らしい)くらい、世俗的に組織されて成功している聖歌隊なのですが、やはりその美しい歌声は、チャペルの中で聴くと心に響く素晴らしさを持っています。(CDも持っていますが、やっぱり本物が一番!)石造りの、ものすごく高い天井は素晴らしい音響効果を持っていて、最後の和音が消える余韻を美しく響かせます。教会や大聖堂は大好きで、その建築とともに中の美術品やステンドグラスを見るのも好きなのですが、やっぱりミサに参加したり、実際に教会の聖歌隊のコンサートをその場で聴くと、宗教的体験というのが実際に五感に訴えかけ、直に人の心を揺さぶるものだということを再認識します。そしてそうでなければこんなに長い間、キリスト教芸術が続いているはずがないのでしょうね。その美しさに感激した天才が、また美しい音楽や彫刻や建築を作り出していくという連鎖によって、キリスト教文化って成り立ってきたような気がします。信者でもない私は、聖書を文献として読むこととはまったく別の次元でキリスト教芸術を素晴らしいと思うのですが、今日も西欧キリスト教文化の層の厚さを再認識しました。日本の神社仏閣も、お茶の世界も、座禅を組むのも、大好きですが、やっぱりヨーロッパのキリスト教文化もとっても素晴らしいですね。英国国教会がいい加減な宗教改革で良かった☆(国教会は一応プロテスタントですが、ヘンリー8世の個人的な理由による宗教改革だったので、カトリックの影響がほとんどそのまま残っています。やっぱり偶像崇拝を認める=たくさんの絵画や彫刻を残しているカトリックの方が、美術的に見るものが多くて、私は(教義的問題云々を別にして)カトリック国大好きです☆)次は、大好きなモーツァルトのレクイエムを、St John's College Choirが歌うのを是非聴きたいなぁ♪寒いけれども、楽しみの多い冬の夜です♪
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by ellisbell | 2006-11-09 08:23 | Cambridge life

スカーボロ

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今日のケンブリッジは一日曇り空。お昼間でも息が白くなっていました。

それほど寒くてたまらないという感じでもないのですが、窓を開けていると冷えるし、自転車に乗るのにはもう手袋が欠かせない感じです。日本では、今日は二十四節気の立冬。友達の話では今年は日本も暖秋だとか。やっぱり温暖化の影響なのでしょうね。寒いのは大嫌いな冷え性の私ですが、異常気象についてはちょっぴり心配になります。でも、先週の旅行中はすべてスッキリとした秋晴れ。そして寒くもなかったのが良かったです。

ハワースの次に訪れたのはスカーボロ。Simon & Garfunkelが歌ったScarborough Fairで有名でしょうか(もともとは古い英国のバラッドです)。ヨークから北へ電車で1時間ほど、東海岸でも人気のある、北海に面した海辺のリゾートです。街自体は、シーズンオフのせいもあって、静かでのどかな田舎町といった感じでした。ただし、とても高低差のある街で、ビーチに降りるリフトがあるかと思えば、海抜100mほどのところにあるスカーボロ城には、文字通り「上って」いかなくてはなりません。訪れた日もいいお天気で、北海は想像以上に穏やかでした↑。けれどもこの街の歴史はこの海のように平穏ではありません。ヨーロッパに向き合っているその地形から容易に想像できるように、この地は重要な要塞があった場所。それが、写真左手の丘のそびえ立つスカーボロ城なのです。けれどもその前に、このお城の手前にある教会には是非訪れたいお墓があります。家族から離れ、スカーボロのセント・メアリー教会にひとり眠っているのは、ハワースのブロンテ3姉妹の末妹、アン・ブロンテ。期せずして今回の旅はブロンテ尽くしとなりました。

c0105386_5303634.jpg駅からたった一本のメインストリートをまっすぐ下り、古い街であることを証拠づけるかのようなマーケットホール(屋根付きの市場です)からお城を目指して丘を上がっていくと、その教会につきます。3姉妹の中ではもっとも存在感の薄い彼女ですが、1847年、シャーロットの「ジェイン・エア」、エミリの「嵐が丘」と同時に「アグネス・グレイ」という小説を出版しています。日本ではあまり知られていない小説家ですが、英国ではテレビドラマ化などもされていて、ヴィクトリア朝文学を愛する人たちにはよく読まれている作家です(そんなことを言ったら同じく日本ではマイナーですが、ギャスケルなんかもよくテレビドラマ化されているのですよね。BBC万歳!)。1848年に、ブロンテ家の唯一の男の子ブランウェルが結核(だろうと今では推測されています)で亡くなり、半年もしないうちにエミリが同じ病で世を去り、悲しみにくれるシャーロットはもうひとりの、いつも控えめで穏やかな末の妹もまた同じ病に冒されていることを見逃していました。その症状に気付いたシャーロットは絶望しながらも、海辺の保養地スカーボロに行きたいという、妹の最後の願いを叶えるべく、アンをこの地に連れてきます。しかし長旅に彼女の身体はさらに弱り、わずか3日をここで過ごしただけで、「シャーロット、勇気を持って」と励ます言葉を最後にアンはこの地で息を引き取ります。シャーロットは深く嘆きながらも、アンが願った海の見えるこの地に妹を葬って、ひとりハワースに帰るのです。ひとりぼっちでこの地に眠るアンをかわいそうだと思うこともありましたが、今ではそのお墓にはたくさんの人が訪れお花が絶えず供えられています。何よりも、秋の光の中で見たそのお墓は、彼女の人柄そのままの穏やかな雰囲気に包まれていました。

c0105386_5304880.jpgそして、スカーボロ城。ローマ時代から続く歴史を持った地。12世紀に建てられた軍事要塞は、現在では無惨な廃墟と化しています。こわしたのはスコットランドまで遠征中の、市民革命軍を率いたクロムウェル(しかしアイルランドでもそうですけれど、スコットランドでもクロムウェルは残虐非道の悪人。ケンブリッジ近郊のイーリーが出身地ですが、イーリー辺りの人たちがどう考えているのかも一度聞きたいものです)。さらには、第一次大戦中のドイツ軍の誤爆のために、今では崩れた建物がわずかに残っているだけです。けれどもかえってそれが郷愁をかき立て、ロマンチックな姿を見せていました。ここからのぞむ北海は、この日はあくまでも穏やかで雄大で、戦乱が遥か昔のことのように思えました。

本当はこのまま海辺をホィットビーまで行きたかったのですが、交通の便が悪いところなので、次の予定(スコットランド)を考えて残念ながら断念。ホィットビーは、ドラキュラが英国に上陸した街です。ああ、行ってみたかった。小説ドラキュラも英国人の外国人恐怖症とコレラの流行に絡めて論じている学者がいますが、やっぱりスカーボロにしてもホィットビーにしても、ヨーロッパに面した(そしてヴァイキングの脅威におびえていた)地は独特ですね。英国ってバラエティ豊かな国だなぁとしみじみ思いました。
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by ellisbell | 2006-11-08 05:31 | trip

ハワース再訪

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今日もケンブリッジは秋とは思えないいいお天気。

しかし私は、旅行のタイトスケジュールが祟ったか、夜遊びが祟ったか、なんだかのどの奥がひりひりで、風邪を引きそうな気がします。ひどくならないように、はちみつ入りのショウガ湯を飲んで、お部屋を暖かくして、おとなしく蟄居中。でもヨーロッパは乾燥がひどいので、つらいです(涙)。ひどくならずに治りますように☆

さて、2度目のハワース探訪は、秋晴れの日曜日でした。ヨークシャー・デイルズ国立公園の外れにあるハワースは、「嵐が丘」の主役とも言うべきムーア(荒野)に囲まれた小さな村。前回、夏の盛りに訪れたときにはムーアを一面に埋め尽くす赤紫色のヒースの大群に感激しましたが、今回のムーアは枯れ尽くした赤茶色のヒースに覆われているはずです。ヨークから見ると、ほとんど緯度は変わらず内陸に入るだけですが、ムーアを渡る風は強く激しく、たくさんの自然が残る村はずれに到着すると、爽やかで力強い空気に迎えられます。英国らしい緑の木々に覆われた優しい田舎とは対照的に、強い風に阻まれてほとんど高い木が生えないムーアが広がる大地。その中に、ぽつんとある古い街並み。もちろん今では古い村のはずれには住宅街のようなものもあり、近代的な風車が遠景に見えていて、姉妹が暮らしたハワースそのままという訳ではないのですけれど、この荒野と、急勾配のメインストリートは、150年変わらないままなのです。 c0105386_5225719.jpg教会と、その裏にある墓地は、秋の柔らかい光の中で、変わらないたたずまいを見せていました。この墓地に、ブロンテ家ゆかりの人物もたくさん眠っています。作品を理解するのに作家のことを知るべきだとか、その地を訪れなくてはならないとか、そのようなことは思いませんが、やはりこの地をエミリ・ブロンテが歩いたと考えることは、少なくとも私には、とても感慨深いものがあります。不思議なことに、「ジェイン・エア」を書いたシャーロットも、末娘のアンも、ハワースに暮らしたのですし、たくさん牧師館(今では博物館)に彼女たちの遺物があるのですが、実際にハワースで思い出すのは、ブロンテ家唯一の男の子であったブランウェルのこと、そして天才詩人エミリのこと。教会に登る数段の階段を見て、ブランウェルが恋のために身を持ち崩してジンとアヘンにおぼれ、亡くなる前日にこの石段が登れないほど身体が弱っていたのか、と悲しくなり、牧師館の台所を見て、ここでエミリはパンをこねながらドイツ語を勉強し、「嵐が丘」を書いたのだと崇敬の念に打たれます。おそらく、このふたりがハワースをほとんど離れず、その地にもっとも固く結びついているからなのでしょう。シャーロットは世俗的成功を手に入れ、ロンドンなどでも活躍したし、物静かで誠実なアンは、一番年下であるにも関わらず、一番先に家庭教師としてのつらい勤めを引き受け、最後はスカーボロに眠っているのですから。やはり私がこの地で思い出すのが、姉妹の中でもっとも男性的で荒野を何より愛したエミリと、唯一の男の子としての責務に応えられず、失意のうちにハワースで一生を終えたブランウェルのことだというのは訳あることなのかもしれませんね。

c0105386_5233370.jpg前回泊まったInnでサンデイ・ランチ(ローストポーク、もちろんアップルソース☆)を食べて、牧師館と教会を見ます。前回も思いましたが、ギャスケルの書いた伝記でイメージするハワース、陰鬱な牧師館と不機嫌な父親の管理する厳格な教会というイメージは、ここにはまったくありません。ハワース教会は、今回も光にあふれ、ステンドグラスの静謐さに心が静まる場所でした。そして、ムーア。秋のムーアは想像通り、一面の赤茶色に覆われていました。この光景があるからこそ、夏のあの一瞬の美しさがさらに際だつのですよね。そして、同じくらい、この光景も素晴らしく、とても美しいのです。今年二度目のハワースで、どこに何があるのか、どういう風景なのかはよく知っているはずなのに、実際に、厳しい自然の中を吹きすさぶ風に吹かれて、そこに「大地」があるということを否応なく実感させられることは、とても感動的な経験です。「嵐が丘」はやっぱりこの大地がなくては存在しなかった名作なのでしょう。そして、やっぱりこの地には、エミリの天才がそれに呼応した、何か特別なものが存在するのでしょう。来週行くときには、もう少し時間を作って、ゆっくりと秋のムーアを歩きたいと思います。
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by ellisbell | 2006-11-07 05:24 | trip

Halloween Formal & Guy Fawkes Night

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まだまだ旅行記を書きたいのですけれど、閑話休題。話題が新鮮なうちに☆

ダークシーズンに突入した英国。秋も深まり、ウィンタータイムになったということもあって、最近ではもう4時過ぎには暗くなります。そしてこの時期こそ、さまざまな行事が楽しめるのが欧米の文化。ハロウィンは日本でも知名度が上がってきましたよね。10月31日の夜、子供たちが仮装して、trick or treat!と家々の門口を叩きます。もともとはアイルランド発祥の伝説ですが、さすがにアイルランド移民の多いアメリカでもっともポピュラーになっているようですね。昨日お話ししたアメリカ人は、11,2歳頃まで仮装して戸口をまわり、ご近所さんとも親しくなれて本当にいい行事だった、こちらではあまり盛んでないのが残念だと言っていました。ハロウィンといえば、「かぼちゃのお化け」だけをご存知の方もいらっしゃると思いますが、実際には万聖節(All Saint's Day)が11月1日にある、その前夜祭のようなものなのです。HalloweenはHallow eveningのことなので、かぼちゃお化けJack-o-lanternだけではなく、あらゆる霊がこの世をさまよう百鬼夜行の宵。夜にはたくさんの霊が家々に宿ります。悪霊を追い払う秋のお祭りといえば、日本でもたくさんその例がありますから、少し親しみもわきますよね。古代ケルトからの伝承です。(クリスマスもケルトからやってきたものだし、やっぱりイギリス、アイルランドは文化的に豊富ですね☆)

さて、ハロウィンが英国でそれほど盛んでないのは、おそらく、Guy Fawkes Dayに飲み込まれてしまっているからではないかと私は思っています。こちらの方が知名度は低いですが、英国ではこちらの方がずっとポピュラー。11月5日(そう、今日!)です。ヘンリー8世の個人的宗教改革の後、エリザベス1世が英国国教会を国教と定めたことは歴史的にも有名なことですが、国教会が国教となると当然、カトリックへの迫害が強くなります。特に国教が定められた直後などはまだたくさんのカトリックもいるし、エリザベス1世自身も内外のカトリック教徒に脅威を感じているので、自然と迫害は強まります。当然そのことにカトリックは不満を抱いて、エリザベスの後を継いだジェイムズ1世(スコットランドのジェイムズ6世ですね)の治世下にある1605年に、カトリック教徒Guy Fawkesが国会議事堂を爆破し、国王の暗殺をたくらみます。しかし事前に見つかってGuyは処刑されることになります。このGunpowder plotの日がGuy Fawkes Dayで、その前夜には英国では大がかりなたき火と花火が催され、子供たちはガイ人形を持って、"A penny for the Guy"とねだりながら練り歩き、最後には大かがり火にこの人形を投入するという伝統的な行事。「不思議の国のアリス」の続編、「鏡の国」の冒頭で、アリスが「昨日男の子たちが、たきぎを集めてかがり火の準備をしていた」と言うシーンがあります。これによって、「鏡の国」は、初夏の「不思議の国」からちょうど半年経った初冬、11月5日の設定となり、アリスがハンプティ・ダンプティに「私はちょうど7歳半」というのがぴったり当てはまるという、そういう仕掛けになっているのです。

c0105386_5324330.jpgさて、結論から言うと、私はGuy Fawkes Nightに行けませんでした(涙)。今日も花火の音は聞こえていますが、昨日が一番大きい花火だったようです。昨日は所属コレッジのハロウィン・フォーマル・ディナーに行っていました。献立もおどろおどろしく、「首を落とされて焼かれたチキン」だの、「死ぬまでゆでられたツナ」だの(笑)。お隣に座ったジョン・レノン似の男の子との話も弾んで、とても楽しい夜でした。そしてその後はダンス・パーティ。大きなかぼちゃの置物のそばで数人仮装した人たちが見えるでしょうか。結局、うるさくてしゃべれないから、と友達数人で移動した別のパブも、おそらく花火帰りの人たちでいっぱいで、みんなで飲みながらダンスを楽しみ(笑)、帰ったのは、真夜中過ぎでした・・今回まっすぐ歩けなくなったのはL。ワイン、ビール、ウィスキー、テキーラ!と飲む羽目になりましたが(どれもちょっとずつではありますが)、スッキリ目覚めた私って、結構お酒が飲めるのでしょうか(笑)??楽しい夜でした。トップの写真は、ヨークからご招待に応じてわざわざ来てくれたお友達とゆっくり午後にお茶をした後に見た、Parker's Pieceの夕焼け。今日は、満月なのですね。
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by ellisbell | 2006-11-06 05:37 | culture


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