Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
by ellisbell
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York

久しぶりにケンブリッジに戻ってみると、こちらもすっかり秋が深まり、朝晩の冷え込みが厳しくなっていました。

サマータイムのまま、針を戻すのを忘れた目覚まし時計のおかげで、今日は早起き。理論の講義に向かう途中も寒くて、手袋が手放せません。(今日の講義は精神分析理論パート2。Lacanの鏡像理論を使った講義でおもしろかったです♪)北部への旅も寒かったですが、全国的に、昨日の天気予報で言っていたとおり、dry, clear and frostyな朝が続いているようです。

さて、York。ヨークの名前はこの地をかつて征服していたヴァイキングがこの地をヨーヴィックと呼んだことから来ているそうですが、同じイングランドでも私の住んでいるイースト・アングリアとはまったく違う街並みを持った美しい古都でした。朝、9時過ぎの電車に乗って、ピーターバラを経由してヨークへ着くのはお昼頃。お友達が駅に迎えに来てくれていて、久しぶりの再会でした。駅を出るとすぐに見えるのは街を取り囲む城壁。今もこの城壁の上を歩くことができます。この城壁を築いたのはノルマン人だそうですが、ローマ人が築いたハドリアヌスの城壁(スコットランドとの国境付近)がまだ北にあることを考えると、この街はやっぱりたくさんの民族の影響を受けて築かれて来たのだなぁと思います。城壁には4つの門が作られ、それぞれ○○Barと呼ばれているのが印象的。gateではなくbarなのですよね。日本語に訳してもっとも適切なのは「関所」ということなのでしょうけれど、英語の動詞では「閉じる、通行を妨げる」という意味ですから、その役割がよく表れている地名だと思います。城壁によって守られていただけあって、城壁の中は本当に中世さながらの街並み。 c0105386_22375798.jpg特にシャンブルズと呼ばれる古い通りは、1階より2階が、そしてさらに3階が、つきだしたような構造の建物が両脇を占め、上の窓から握手ができるといわれるとおりの街並み。お肉屋さんが多かったため、日当たりを悪くしてお肉が日持ちするようにしたということですが、その突き出た軒にお肉がぶら下がっていた中世をふと思い描く瞬間でした。

この街と比べると、ケンブリッジというのがいかに特殊な街なのかということがよく分かります。城壁に囲まれているという点ではこの街も特殊なのかも知れませんが、街を歩く人も英国人(お年寄りが好んで老後に選ぶ街だそうで、確かにお年寄りが多いです)がほとんどで、留学生は見かけません。 c0105386_22382191.jpg民族の多様性が低く、その分、落ち着いた雰囲気を持った昔ながらの街といった風情で、路地の奥に可愛らしいカフェや雑貨屋さんなどが立ち並ぶ様子は、思わずこの街に住みたくなるほどでした。おいしいケーキ屋さんなんて、ケンブリッジでは見たことがない!!おしゃれな街です。クリスマス用品なども売られていましたが、とても可愛らしいショップが街並みと見事に調和して、ゲルマン(アングロサクソン)とヴァイキング(北欧)が混じり合ったような不思議な街並みを醸し出しているように思いました。

c0105386_2239070.jpgそして、ヨークといえば、ミンスター。大聖堂。York MinsterはCathedralであるだけでなく、ministration(聖職者の職務として、キリスト教を教え広めること)をする場としての位置づけから、ミンスターと呼ばれているようです。英国最大のゴシック建築↑は本当に大きく荘厳で、カンタベリに次ぐ、英国国教会第二の格(北部司教区の総本山ですから!)を持つにふさわしい立派な建物でした。中に入るとミサが行われていて、いつでもミサに参加するように、何か聖職者に聞いて欲しいことなどがあればいつでも声をかけるようにと書いたサインがあちこちにあります。カンタベリとはまた違う、親しみやすさと荘厳さにともなう威圧感。矛盾するようですが、どちらもが併存している素晴らしい場所でした。ステンドグラスは本当に美しく、高い天井と見事な窓を眺めていると、時間が中世に戻るようでした。

久しぶりの友達との再会もとても楽しいものだったし、たくさんお話ができたこともとてもうれしいことでした。どれだけお話をしてもつきない気がします。ヨークを特別な街にしてくださって、ありがとうございました☆また是非訪れたい、古い街並みとおしゃれなお店が共存する、趣のある美しい中世の街でした。
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by ellisbell | 2006-11-04 22:32 | trip

Birmingham

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今日は一日家でのんびり。とてもいいお天気の土曜日でした。

今日の日記ではないけれど、忘れないうちに先月行ったバーミンガムの印象を。先月ストラトフォードに行ったときに、どうせだったら、とバーミンガムを経由したのでした。行きと帰り、合わせても4時間くらいしかいなかった街ですが、やっぱり独特の空気を持っていて印象に残る街です。

バーミンガム、と聞いてまず思い出すのはやっぱり産業革命でしょうか。イングランドのまさに中心、ミッドランドの中核となるイギリス第2の大都市です。産業革命時代に引かれた多くの運河もあり、もちろん鉄道の基幹駅でもあります。ケンブリッジからはバーミンガム・ニューストリート駅まで2時間半ほど。イーリーやマーチ、ナニートンといった街を通り過ぎながら、のんびり羊を眺めていると、運河を越えたところで近代的な工業都市が突然現れます。それが、バーミンガム。第二次大戦の空爆で、古い建物はずいぶん壊され、近代的な建築物が林立する都市になったとミッドランド出身の友達が教えてくれました。ニューストリート駅から乗り換えのスノウ・ヒル駅までは歩いて5分。ネットで調べた乗り継ぎ時間は35分。時間は充分あるはずでした。・・・が、駅を降りたところで目の前にあるのは近代的複合型巨大ショッピングモール。私の野生のカンは、近代的建物の中ではダメなのです・・・大阪駅前の地下街に迷い込んだような感覚。巨大なブルリング・ショッピングセンターと呼ばれるいくつもの建物でしばしうろうろ。「駅こっち」って書いてある標識に従っていっても、こちらではよくあることですが標識が突然消えてしまったり、何度も往復したあげく、ようやく駅を見つけた時には電車の出発時刻を1分過ぎていました。惜しい!野生のカンに頼らずに、人に道を聞けばよかった・・・こういうときに限って電車はちゃんと定刻出発するのです。駅員さんに聞いてみたら、次の電車は1時間後とのこと、街を再度散策することに即決定です。

c0105386_125040.jpgグラスゴーがそうであったように、この街も文化都市として認められることで街の再生、活性化、そして治安回復を構想しているようで、美術館やコンサートホールがたくさんあります。。バーミンガム博物館は特にラファエロ前派が充実しているらしく、見てみたいところではあったのですが、1時間ではとうてい不可能なのであきらめて、街をふらふら。ブルリング・ショッピングセンターですから、ちゃんと雄牛がいました↑。ブルリングとは大昔の英国で、牛のお肉を柔らかくするために、牛に犬などをけしかけて見せ物にした残酷な競技を行っていた場所。古い街にはたいていその跡があると聞きます。(コッツウォルズの闘鶏といい、アングロサクソンはやっぱり獰猛なbeefeaterですね!)そしてさらにこの街は、宝石街でも有名だし、何よりもバルティ・トライアングルがあることをご存じの方もいらっしゃることでしょう。街の南東部に広がる、インド・パキスタン人街のことです。ショッピングセンターからちょっと外れたところに大きな市場があって、お買い物に来ている人たちのエスニシティもさまざま。中華街も近いし、グルメも充実している街なのです。 c0105386_131120.jpg

帰りにも乗り継ぎ時間が多少あったので、スノウ・ヒル駅のすぐ近くにあるバーミンガム大聖堂の中に入ってみることにしました。ふらっと中に入って、まず目を引いたのがその赤い色が印象的なステンドグラス↑。思わず近寄っていくと、にこやかに別の人と話していた司祭さんがこちらに近寄って来られました。「どこから来たの?」と話しかけてくれる司祭さんに、「このステンドグラスは素晴らしいですね」というと、「ここのステンドグラスは特別なんですよ、Sir Burne-Jonesの作品ですから」とおっしゃいます。え、あのEdward Burne-Jonesですか?と聞くと、彼はここに葬られているのですよ、とお墓を示してくださいました。今はケンブリッジにいるというと、彼もケンブリッジマンだとか、どこのコレッジだの何だのいうお話にしばし興じて、電車の時間がありますから、とその大聖堂を去りました。バーン・ジョーンズは、自らのデザインしたステンドグラスに囲まれて、都心のオアシスのような教会で眠っていたのですね。とても素敵な雰囲気を持った大聖堂でした。(え、墓フェチだからよかったって訳じゃありませんってば。もちろんお墓の写真はバッチリ撮りましたけど☆)

バーミンガムからすぐ近くのナニートンやコヴェントリーはジョージ・エリオットの故郷でもあります。ジェイン・オースティン、ディケンズ、ブロンテ姉妹を制覇したから、次はエリオットとラファエロ前派を訪ねたいものです☆
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by ellisbell | 2006-10-08 01:00 | trip

アムステルダム(最終日編)

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今週は、フレッシャーズ・ウィークでいろんな企画が目白押し。今日も、うちのフラット(コレッジ所有だから文句は言えません・・)でパーティーが行われていたので、近所のLeng Siewと逃亡、ジャンクな英国料理を食べて来ました。

さて、日記の方はオランダ最終日。ケンブリッジまでは3時間くらいなので、最後の日も3時頃までは観光できます。女王の住居のあるデン・ハーグに行こうかとも思ったのですが、スキポールから離れるしアムスの国立博物館も見たかったので、再度アムス観光をすることにしました。その前にアムスの中央郵便局に行って、こっちで買ったものをすべて郵送。郵便代も英国よりずっと安い(し、信頼できそう)!感涙。これで身も心も軽くなり、名実ともにオランダ最大の博物館である国立博物館に行きました。中央駅をデザインした建築家による美しい建物で、運河を背にしてミュージアム広場に立つ姿はなかなか壮麗です↑。博物館なので、絵画ばかりでなくオランダの工芸品やデルフト焼のプラークなどもたくさん所蔵されていて、十分見応えのある博物館です。入ってすぐに、彫刻や工芸品が飾られた部屋が並んでいますが、そこをざっと見て、お目当ての2階へ。そう、オランダ、フランドル絵画。レンブラントやフェルメールをたくさん持っているこの博物館、絵画好きの私としては、じっくりそちらを堪能しなくてはなりません。前日のゴッホ美術館もそうでしたが、思ったより人が多くて、なかなかゆっくり自分のペースで回れないことが残念でしたが、さすがにコレクションは充実していました。c0105386_691863.jpgフランツ・ハルスの有名な「陽気な酒飲み」は実際にそのいきいきした表情と筆遣いが特徴的だったし、レンブラントは「ユダヤの花嫁」や「自画像」、そして有名な「夜警」とふんだんに見ることができました。やっぱりレンブラントにはオーラがありますね。この光と影の描き方、写実性、焦点の絞り方、ドラマティックな瞬間の切り取り方、どれをとってもほかの作家とは一目で違いが分かるような気がします。そして、もちろんフェルメール。生涯で30点ほどしか残っていない彼の作品のうち、「手紙を読む婦人」を含むたくさんの作品が収納されています。穏やかな一瞬をそのままそこに映し出した優しい画風。工夫された画法。17世紀の生活が、そのままそこにとどまっているような感を受けました。企画展ではレンブラントの物語性をデッサンや版画で追っていく展示もなされていて、本当にさまざまな分野のオランダ芸術が楽しめる美術館でした。

美術館を出て、ダム広場へ再度戻ります。オランダに来たからにはチョコレートを買って帰らねば(笑)。(オランダは別にチョコレートが有名なわけではありませんが、隣国ベルギーのチョコがたくさん流入しているはず♪)ダム広場にある、オランダ随一の高級デパート、バイエンコルフに入ってみることに。でも、オランダは今がセールのシーズンだったのでしょうか(オランダ語が読めないので分かりません)、あちこちでセールらしきワゴンが出ていて、人でごった返していました。ふらふらとつい、お洋服なども見てしまいましたが、安い!英国と比べると、同じブランドがとっても安い☆と思ったのもつかの間、オランダ人は大きいんですね・・とても日本人に合うサイズではなく、買いもしないものを見るのも疲れ、デパート内のカフェで軽く遅めのランチとコーヒーをとって、スキポールへ戻りました。

c0105386_610421.jpg駅への帰り道で撮った自転車。なんだか変だと思いませんか?そう、ブレーキがないのです。オランダの自転車は、ほとんどがハンドブレーキではなくペダルを逆行させるフットブレーキ!だそうです。ちょっと興味はありましたが、そんなのに乗って、自転車専用道路とはいえ、かなりのスピードで走るのは、観光客には無理そうですね。街を自転車で走っている人を見ていると、みんな確かにペダルを逆行させていました。ところ変われば、とはよくいったものです。

チョコレートは、もちろん空港で買いました☆ノイハウスとゴディヴァを500gずつ♪この1キロもすぐになくなることでしょうが、とにかく今はチョコ長者(友達もスペインのおみやげにチョコをくれました)なのでご機嫌です♪スタンステッドまでは45分のフライト、ちゃんと時間通りに着きましたが、その後ケンブリッジに戻るコーチがなかなか来なくて、外で50分待たされました・・どんどん日が暮れていき、それにつれて寒くなってきて、厚着をしてはいましたが、やっぱりもう秋、寒かったです。周囲の人と目配せしあって「なかなか来ないね〜」「あなたもケンブリッジ?」などとお互い奇妙な連帯感を感じつつ、じっと待っていました。やっぱり英国人は忍耐強いですね。待つのが大得意なのです。50分待たされてもほとんど文句を言うこともなく、ちゃんと列に並んで乗り込んでいました。ああ、これがイギリスだなぁ、帰ってきたなぁと思う瞬間でした。明日はコレッジのフォーマルホール(ディナーのこと)。正装+ガウンです♪久しぶりのガウン☆楽しみです。
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by ellisbell | 2006-10-03 06:06 | trip

アムステルダム(午後編)

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今日は、所属コレッジのwelcome reception。新しく来た人たちに誘われて、行ってきました。久しぶりに学生に混じると、なんだか疲れてしまいましたが、知っている顔にも会えて、楽しかったです。日記の方は、長い長いアムステルダム旅行記、ようやく午前中の簡単な市内観光を終えて、ゴッホ美術館に向かいます。

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。あまりにも有名な画家。初めて本物に出会ったのは、ロンドンのナショナルギャラリーでした。あまりにも明るい色のひまわり。その大胆な絵の具の盛り上がり方、その素晴らしい勢いと力強さに感動しました。その明るい色彩と筆遣いに、生きる力があふれているように感じました。ゴッホ美術館は、そんな彼の作品を満喫できる美術館として、昔からずっと行ってみたかった場所です。1970年代に隣の市立近代美術館からゴッホの作品を移してできた美術館。美術館自体は、中央が吹き抜けになった現代的な建物です↑。古いものと新しいものが見事にミックスされているアムスにおいては、残念ながら、比較的無愛想な建物のように見えました。元はヴィンセントの弟テオが持っていた油彩画、デッサン、手紙などのコレクションだけあって、本当に充実しています。残念なことに一部が改装中で、おそらくすべての作品は展示されていないのでしょうが、1階にゴッホと同時代の芸術家たちの作品、3階にゴッホ自身の油彩が展示されています。時代を追って展示されているので、初期の農民画家としての暗い色彩のものから、パリ、アルル、病院と経て、最後にオーヴェルシューロワーズに至るまでの軌跡が見られます。パリで印象派と出会ってからいきなり色彩が明るくなること、そしてパリ時代には肖像画家になるためにたくさん自画像を描いたこと、光あふれるアルル時代、有名なゆがんだ絵ばかりの病院時代、それぞれに彼のスタイルが生きていて、素晴らしい作品でした。そして最後にオーヴェルで描いたとされている、麦畑とカラスの絵。私がオーヴェルに行ったのは冬の弱い光の時でしたが、ゴッホと、並んで眠る弟テオのふたりのお墓を見ながら、周りに広がる麦畑を見て、この麦畑を彼は描いていたのかと感慨にふけったことを思い出しました。午前中にレンブラントの家に行きましたが、彼は芸術家として素晴らしかっただけでなく、自分を見事にプロデュースした画商としても一流で、彼の家の玄関には自分が描いた絵がたくさん、魅力的に見えるように趣向を凝らして飾られていたことも思い出しました。芸術家としても、事業家としても成功したレンブラントと、一生懸命売れる絵を描こうとして、肖像画家としてでも何とか食べていこうと報われない努力を重ねたゴッホ。同じ天才であり、同じように国民的作家として人気がある画家たちですが、その対照が際だっているように感じました。そしてそのゴッホが、今はコマーシャリズムにあれほどまでに利用されているのが皮肉ですね。でも、純粋に素晴らしい絵がたくさんあって、とても良かったです。

併設カフェで一休み(りんごケーキはおいしくなかった・・)、特別展を見に行きます。ゴッホと日本。まるで19世紀の万博?というような品揃えの、素晴らしい日本の工芸品とともに、ゴッホが浮世絵を真似て描いた絵が飾られていました。上の階ではそれぞれ、ゴッホの時代のパリと東京の女性たちに焦点を当てた展示と、歌川広重の東海道五十三次と、同じルートを現在の写真で追うという企画。それぞれ、とてもおもしろかったです。そしてこの別館の方は、黒川記章さんの建物に似てるなぁと思ったら、まさにその通りでした。日本を愛したゴッホの美術館(の一部)を建築したのは日本人だったのですね。見応えのある美術館でした。

c0105386_6133725.jpgゴッホ美術館を満喫した後、もう一つ行ってみたかったアンネの家に行きました。「アンネの日記」であまりにも有名な家。残念ながら、いつもすごい人だということですが、この日も外に行列が並んでいて、中にはいるのは断念。家自体は外側がリノベートされ、カフェが併設されて少し趣を失ってしまっていましたが、運河沿いの家の並びはきっと、彼女が見たものと同じだったのでしょう↑。こんなに美しい光景を見ながら、彼女はいろいろなことを考えたのだろうと思うと、彼女を突如襲った理不尽な悲劇がますます痛々しく思えます。次に来るときは、きっと中も見学しようと思いました。

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この写真はアンネの家のすぐ近くにあった、三角形の家・・・これ、中はどうなってるんでしょうね??アムスは次の日も続きます☆もう少しお付き合いくださいませ♪
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by ellisbell | 2006-10-02 06:11 | trip

アムステルダム(午前編)

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2日目の朝は起きてみると真っ暗で、霧が立ちこめていました。

考えてみれば、ケンブリッジとほとんど緯度が変わらないのに、1時間の時差があるわけですから、朝が暗いのは当然ですね。でも霧は困ります。ホテルで朝を食べる代わりに、前日にチェックしていた川沿いの小さなカフェに行ってみました(第一候補はまだ閉まっていて、第二候補になってしまったのですが)。"Breakfast"を注文したところ、びっくりするほど大きなクロワッサンとフランスパンに、ジャム、チーズ、ハム、お野菜が付いてきて、朝からおなかいっぱいになってしまいました。物価の高い英国と比べてついつい感激してしまいます。その頃には少しずつ霧も晴れ、電車で40分ほどのアムステルダムに向かいます。

アムスは一人でまわっていたので、美術館巡りが中心。中央駅は、東京駅のモデルになった美しい建物です。そのすぐ裏側が、アムステルダム港になっています。あちこちに教会のカリオン付きの尖塔が見え、運河の張り巡らされた美しい街。街中の移動は、地下鉄やバスもありますが、観光客はトラムが中心です。まずは駅前のインフォメーションでトラムと地下鉄の路線図、そして一日乗車券を手に入れて、さっそくレンブラントの家へ。ライデンがレンブラントの生誕地ですが(そして、Rembrandt van RijnのRijnはライン川のことだというのも今回初めて知りましたが)、多くの大作を書き上げたのはアムスの家。地下鉄で二駅のところにあります。リノベートされていて、外は当時の面影をまったくとどめていず、中も新しく作られたものではありましたが、多くの版画とその創作過程なども見ることができたのはおもしろかったです。今年はレンブラント生誕400周年らしく、あちこちでこの国民的画家の生誕を祝うイベントなどが宣伝されていました。

c0105386_6183775.jpg駅前に戻り、次は一番行きたい場所であるゴッホ美術館を目指すことに。でもその前にやっぱりちょっとは街中も歩かなければ、と、アムステルダムの中心、ダム広場の方に向かって歩き始めます。駅の右手には聖ニコラス教会、その奥に旧教会。運河を前に家が並びます。しかしこの旧教会の辺りは悪名高い地域でもあります。アムスが大好きという友達にも、一人だったら中央駅の辺りは気をつけなさいよと再三言われていましたが、その理由もここにあるようです。この写真にもコーヒーショップというのが写っていますが、オランダでコーヒーショップと言えば、みなさんご存じの通り、カフェではありません。マリファナ・バーのことですよね。そう、オランダでは麻薬と売春が合法であるのは周知の事実ですが、この裏手にあるのが「飾り窓地区」。寡聞にしてそれが何かをまったく知らなかった私。ガイドブックに、飾り窓地区は危ないから昼間でも一人では行かないようにと書かれていて、なぜ危ないのか不思議に思っていましたが、実はこの辺りは麻薬の売人が通りをうろつき、売春宿がひしめく歓楽街なのですね。赤い光が夜にはともる、英語でred light districtと呼ばれる地域。ちょっと興味はあったものの、突然、歩いている人たちが有色の男性(しかも一人でふらふらと歩いている人たち)に変わるので、入っていく勇気はナシ。横目で見つつ、ダム広場へ。アムスの中心であるダム広場で一番目を引くのは、現在でも王室の住居として使われている王宮です。c0105386_6192674.jpgその隣には、現女王も即位した新教会、そしてなぜかロンドン名物でのマダム・タッソーろう人形館も(笑)。(どこにでもありますね〜香港とかにもありますよね。)そしてそこから東に向かい、「東インド会社」の建物を見に行きました。現在はアムステルダム大学の所有だそうですが、かつて東方貿易を独占し、搾取によって莫大な利益を上げていた当時の栄華のほどがうかがえる、壮麗な建物でした。その後を、英国が引き継ぐのですよね。帝国主義の夢の跡です。

そこから北を向くと、運河越しにきれいな建物、計量所が見えます↑。さまざまな物資の取引に使われた、市場の跡です。それを見に行って、駅前に戻ろうと曲がったところで、雰囲気が怪しくなりました。飾り窓地区は思ったより大きかったようで、中華街だなぁと思っていたら、いきなりショウ・ウインドウのようなところに下着姿の女性たちが現れたので、びっくりしました。これが飾り窓かぁ・・かつて吉原や島原のような日本の遊郭でも、このように女性を檻の向こうから値踏みさせていた時代がありましたよね。同じことです。フェミニストどうこうという話ではなく、やはり時代は下っても、例えばルーマニアやブルガリア(といういわゆる"最貧国")が来年からEUに参加することに"西欧"諸国が危機感を抱いていることからも推測できるように、今でも貧しい東欧の女性たちがそのような職に就かされることも少なくないようです。オランダという国は確かにとても成熟した国で、自由主義が徹底していることはその良さですが、このように国としてのボーダーが少なくなった今では、移民などの問題も多く、それに絡む麻薬や売春組織の問題も大きくなっていると聞きます。実際、その地域のはずれを抜ける間だけでも、まだ午前中なのに、何人もの警察官が巡回しているのを見ました。問題はいろいろありそうです。

午後はゴッホ美術館へ。まだまだ書きたいことがありますが、今日はこれからpub meetingなるものに参加するので、続きはまた明日書くことにします。pub meetingっておもしろいですよね。つまりは、コンパ(笑)。
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by ellisbell | 2006-10-01 06:23 | trip

オランダ(ライデン編)

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オランダは昔から日本と縁が深い国ですよね。

オランダと聞いて、誰もが真っ先に思い浮かべるのは、おそらく風車とチューリップでしょうか。世界でもっとも伝統ある航空会社KLMによる日本からの直行便もたくさん出ているし、私もスキポール空港は何度も行ったことがあるのですが、オランダ自体に入るのは初めて。今回は、ロンドン・スタンステッド空港からの出発です。昨日も書いた通り、異常なまでの厳戒態勢をとっている英国の空港のセキュリティ・チェックが、私の中での大問題となっていました。たった2泊なのに荷物を預けるのは面倒だし時間がかかる、しかし歯磨き粉もお化粧品も持ち込めない、という例のジレンマ。私が考えついた方法は、きわめて原始的なものでした。ポケットに入れる(笑)。これです。

もちろん、たくさんのメイク用品を持って行くことはできません。幸い日本から持ってきていたトラベルグッズの中に、小分けの袋に入った使い切りのリキッドファンデーション、普段使っているメーカーでもらった新製品の、小さな袋入り基礎化粧品がありました。袋を確かめてみると表示はPET。もの知らずの私でも、ペットボトルのPETで、金属ではなさそうだと想像できます(でも、確信がなくて、ギリギリまでものすごくびくびくしていました)。コンパクトは大丈夫だし、足りないものはあきらめるか空港で買うとして、それ以外のものはオランダで会う友達が持ってきたものを使わせてもらうとして(笑)、リップクリームをジーンズの右ポケット、残りのものをバッグの奥深くとジーンズの左ポケットにそれぞれ重要度に応じて押し込んで、いざ空港に到着です。思った通りの長い列、どきどきしながらゲートを通過。やった!鳴らなかった!と思ったのもつかの間、前の男性がピーッと鳴ったせいで、私もついでに身体を触られてしまいました。左ポケットの小分け袋は薄っぺらいですが、右のリップクリームは当然見つかってしまい、ああ、これでリップを破棄かと観念。係員さんに「これは何?」と聞かれて「リップクリーム」というと、彼女は中身をちょっと出して確認し、"OK"とそのまま返してくれました。国内線やEU行きばかりの小さな空港だからでしょうか。なんだか、拍子抜け。ゲートに入る前にはちゃんと係員が立っていて、さんざんこういうものは持ち込むなと言っていたのに、あっけなくパスしてしまいました。ラッキー♪

c0105386_6224852.jpgお昼頃にケンブリッジを出て、もう3時間ほど後にはオランダ入り。すごいですね。スキポール空港からライデンまでは、電車で15分ほどです。ライデンはシーボルトが晩年を暮らした場所としてご存じの方もいらっしゃるでしょうか。オランダ最古の、もっとも権威のある大学があることで有名な、アカデミックな香りのする街です。薬学、医学の分野では世界的に知られた大学だそうで、スウィフトの「ガリバー旅行記」でも、ガリバーが卒業した大学としてその名前が出てきます(と師匠に聞きました)!日本学科も有名だそうで、日本とはいろいろと縁のある場所だそうです。11世紀には街の基礎ができていた、アムスよりも古い街。駅を降りるとすぐに大きな自転車置き場があり、山のような自転車が止められています。ケンブリッジを彷彿とさせる光景。(ここに限らずオランダは自転車大国だそうで、どの街にも必ず道路と歩道の間に、自転車専用道路があります。)歩いている人たちもほとんど学生のようで、本当にアカデミックな感じの古都という印象。川岸の古本屋さんも、パリのブキニストとはちょっと違った雰囲気で素敵です。

c0105386_6233023.jpg街を歩いていると、ライン川沿いにたくさんの風車が残っています。ライン川がオランダにも流れているとは、今回初めて知りました。今も川は重要な交通手段で、古風な風車の隣には白いはね橋。このような光景もかわいらしいですよね。このプット風車の前がレンブラントの生地です。今は公園になっていて、彼らしきお人形が絵を描いている像がありました。とても古い街並みで、石畳の細い路地を歩いているとその歴史を十分に感じることができます。残念ながら街のシンボルである聖ピーテルス教会は改装中でしたが、そこに至るまでの道々、カフェや服屋さんにまでEmily Dickinsonについての講演会のポスターが貼られていたり、ああ、大学街だなぁと感じました。ケンブリッジと同じく、街としての機能がおそらく大学にのみ収斂されていて、それが問題だというのは聞きましたが、立派な市庁舎や、カリオンの響く塔を持つ教会などは、とても落ち着く光景でした。冒頭の写真もライン川と風車。本当にきれいなところです。そして、オランダの人は英語がとっても上手。どこに行っても、最初はオランダ語で話しかけられますが、残念ながらオランダ語がまったくできないので、英語で一言話すとパチッときれいな英語に切り替えて答えてくれます。それもツーリストフレンドリーな部分ですね。明日は、アムステルダムを訪れます。
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by ellisbell | 2006-09-30 06:20 | trip

St. Michael's Mount

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コーンウォールも最終日、ペンザンスからも見えている、St. Michael's Mountを残すのみです。

たまたま先ほどBBCをつけたら、Cornish Wild Summerという番組をやっていました。舞台はLand's End、St.Ives、そしてSt.Just。5月から夏にかけて、さまざまなワイルドライフがコーンウォールの夏を享受します。たくさんいるアザラシ、イルカ、サメ(basking sharkという、水面近くでひなたぼっこをする、プランクトンを食べるサメがたくさんいるらしい)、そして時にはクジラまでが、3つの海の混じり合うコーンウォールで夏を過ごすのだそうです。俯瞰カメラがとらえる美しい海には思わず息をのみました。素晴らしく美しい、透き通ったエメラルドグリーンの海。私が見たのもそうでした。しかし、とてもトリッキーなこの海は、時には激しい嵐で人々を襲います。昨日の日記で書いた、360度に視界の開けた風景は、実は、風のために大きな木が育たないためでもあるのです。私が見たマイルドな風景は単に、コーンウォールの一面でしかないことがよく分かります。

St.Michael's Mount。イギリス版のモンサンミッシェル。大天使ミカエルは邪悪なものを倒す守護天使ですから、このようなharshな土地にそれを祀る修道院が作られたのでしょうか。アイルランドにも、スケリッグマイケルという本当に絶海の孤島で近づくことも難しい修道院の遺跡があります(うう〜行ってみたい)。ナショナルトラストの管理下にある、英国のミカエル修道院は、もともとはベネディクト派の修道院として建てられ、その後ノルマンの征服によってミカエルのための修道院になります。いささか残念なことに、その後は要塞を兼ねたお城となったので、今はその修道院自体の姿は見ることができません。

体調は相変わらず悪いので、朝はゆっくりめに10時頃のバスに乗りました。ペンザンスからセント・マイケルズ・マウントの対岸まではバスで10分ほど。お天気も良かったし、着いたときには干潮で、風はありましたが島までゆっくり歩いていきました。島までは石畳の道が敷かれ、モンサンミッシェルを小さくしたその姿がはっきりと見えます↑。もちろんモンサンミッシェルのように長年かけて作られた修道院ではないし、城下町があるわけではありませんが、今は無人となっているこの花崗岩の島に、昔は人が住み、牛などを飼っていた跡ははっきりと分かります。頂上のお城に登っていくと、その向こうに青々と広がる水平線が印象的です。この城は、重要な要塞でもあったことがよく分かります。その絶海に向かって、たくさんの砲台がつきだしているのです。そしてはためいているコーンウォールの旗。c0105386_805832.jpgコーンウォールはもちろんイングランドの一部であり、連合王国の中では弱いウェールズのような地位さえありませんが、セント・ジョージの旗(白地に赤十字、イングランドの旗ですね)とは違う、黒地に白十字のCornish flagを持っているそうです。(旗の写真を撮っていると、登ったところで砲台に座って一休みしているおばあさまが、「それはCornish flagだって知ってる?」と教えてくれました。)お城の中は、マナーハウスのようなものでしたが、むき出しの石造りの部屋が一部にあったのは珍しいし、何より窓から見えるのが青い海だけというのがとても印象深いところでした。こんなところで毎日を過ごしていた家族は、何を思いながら暮らしたのでしょう。

c0105386_811514.jpgそんなことを考えながら、テラスから下を見下ろしてびっくり!なんと、道が消えています。30分で道がなくなるとは・・とても干満の差が激しいところなのでしょう。それを見越して、たくさんの小さなボートが観光客を待っています。帰りはそのボートに乗って帰りました。最後に、もう一度対岸のMarazionからぱちり↑。すっかり道は消えてしまいました。海を見ながら最後のパブ飯。そして、再度Great Westernに乗ってロンドンに帰ります。帰り道で、丘に描かれた白い馬の絵を発見。White Horseと呼ばれる白亜の斜面に掘られた先史時代の遺跡の一つでしょうか(そんなものの存在は、昨日のテレビ番組Seven Manmade Wonders南部編で初めて知りました。Berkshireにあるらしい・・)ちょっと場所が違うので、あるいはそれを真似たものでしょうか。珍しいものをたくさん見ることができました。

コーンウォール。西の果ての地。ケルトの文化が色濃く残る、独特の場所でした。英国はこんなに小さな国なのに、いろんな顔を持っています。無理をしたせいか風邪はいっこうに治らず、今は「のどにいいから」と、Ruthが作ってくれた、干しいちじくを煮出したホットジュースを飲んでいます。明日は彼女ともお別れ。彼女の好意とともに、このジュースが効きますように☆
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by ellisbell | 2006-09-23 08:06 | trip

地の果て

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イングランドの最果ての地、その名もランズ・エンドに到達しました。本土の最西端、コーンウォール半島の先っぽです。

日曜の朝、起きたら相変わらず熱はある様子ですが、ボリュームたっぷりのコーニッシュ・ブレックファスト(内容はイングリッシュと一緒でした!)をいただいて、バス乗り場に出かけます。ペンザンスが電車の終着地、そこからはバスで西に向かうしかありません。日曜なので、本数が少なく、300番のバスでとにかくミナック・シアター、ランズ・エンド、セント・アイヴスの3カ所をまわることが今日の目標。外に出ると、雨が降った様子がうかがえますが、ラッキーなことにお天気は持ちそうです。しかし、バス乗り場に行くと、乗ろうと思っていたバスがなく、急遽予定を変更して、ローカルバス17番でまずセント・アイヴスから逆回りすることにしました。セント・アイヴスまでは1時間ほど。バスに乗った途端に寝てしまい、気がついたらそこが、芸術家の愛した小さな街でした。

c0105386_85396.jpgセント・アイヴス。バーナード・リーチやヴァージニア・ウルフが愛した街として有名ですが、現在でも小さな街のあらゆる路地にたくさんのギャラリーやアトリエがあります。細々とした路地をぬって歩いていると、突然眼下には青い海が広がり、石造りのかわいらしい家々の並んだ街並みを、ゆっくり歩いていると時間を忘れそうになります。彫刻家バーバラ・ヘップワースの美術館、そして、ロンドンのテート美術館の分館もここにあり、時間があればその辺りもゆっくり鑑賞したいところでしたが、残念ながら先を急ぐ旅。ハイ・ストリートで手作りCornish Pasty(コーンウォール名物の肉詰めパイ)を買い、ついでにたくさんあったCornish Fudgeのお店でファッジ(柔らかいキャラメルのようなお菓子)もついつい買って、ランズ・エンドへの300番のバスに乗り込みます。ファッジというのはお砂糖とバター、牛乳などで作っているようですが、やっぱり乳製品が有名なコーンウォールならではということなのでしょうか。街中にたくさんのファッジ屋さんがあり、創業以来30年というお店で詰め合わせを買った時にも、次のお客さんがプレゼントにしたいから、とあれこれ注文していました。日本人にとっては甘すぎるお菓子だというのは知っているのですが、ついつい本場!と思うと買っちゃうのです・・やっぱり甘かった・・(でも、想像よりはイケてました。)

ランズ・エンドに向かう途中、雲行きが怪しく雨がぱらついていたことには気付きましたが、やっぱり私は眠りこけてしまいました。時折目を覚まして見る風景は、360度の平原でその奥に青い海が見え、アイルランドの西の果て、イニシュ・モアをマイルドにした感じ。生け垣に囲まれた、バスが通るのがやっとという細い道を通りながら、見渡す限りの岩がちな牧草地、牛たち、石造りの家、そしてその奥に広がる青い海を見ていました。アイルランドの苛酷さはありませんが、やっぱり果ての地というのは似た雰囲気があるのでしょうか。幸い雨も止み、到着した「地の果て」は、聞いてはいたものの、先端にホテルが建ち、アトラクションが作られ、観光地化されていたことには少し落胆しました。そして、何よりもペンザンスと同じく、気候が温暖であることも、期待とは反していました。もっとharshな自然を想像していたせいですね。(だってすぐ近くで山羊まで飼われているんだもの!)けれども、3つの海が混じり合うその景色はとても雄大で美しく、海の青さと広さは感激ものでした↑。ランズ・エンド・ホテルの先には標識が立っていて、ここがランズ・エンドと書いてあります。日付も入っていて、そこでOfficial photographerなる人が写真を撮る仕組み。うーん、やっぱりちょっと商業化されすぎ??その標識には、ほかに、NYまで3147マイル、John O'Groatsまで874マイル、と書かれています。John O'Groatsはスコットランドの最北端。うーん、季節的にもう行けないだろうと分かってはいますが、興味をそそられますね☆

c0105386_854139.jpg続いて、いろんな人に勧められていたMinack Theatreへ。崖っぷちに、Rowena Cadeという女性が、たった一人で作り上げた劇場です(切れていますが写真の下の方が舞台です)。南国ですから、珍しい植物もたくさん植えられ、運が良ければ友達はマチネを見ながら、向こうの海にアザラシが見えたそうです。ここは、圧巻でした。美しい青い海と、その上にそそり立つ絶壁の劇場(決して絶壁好きだからここが良かった訳ではありません!)。眺めが素晴らしかったです。シェイクスピアをよくかけている劇場のようですが、数日前まではマクベスをやっていた模様。日がずれて残念でした。その日はアイーダが演目でしたが、夜なので、公共交通機関では行けず断念。でも、ドレス・リハーサルを見ることができました。野外劇場ならではの開放感と工夫のある、そして素晴らしい眺めを持った、素敵な劇場でした。

夜には、絶対おいしいお魚を食べなくては!と、B&Bの近くで勧められたパブで、Cornish soleを食べました。風邪を引いて熱はありましたが食べ物はすべて食べられて良かった♪おいしいヒラメでした。明日は最終日、ペンザンスから見えている、St Michel's Mountに行って、ロンドンに戻ります。もう1日だけ体力が持ちますように。
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by ellisbell | 2006-09-22 08:03 | trip

ペンザンス(と、お隣さん)

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新しい隣人ができました。

Omairのいた部屋にはSarahという女の子が、Charlesのいた部屋にはNickという男性がやってきました。Sarahは昨日ボーイフレンドと数人でラウンジにいるところで挨拶しただけですが、Nickは大柄でよくしゃべるインド人で、さっきまでラウンジでRuthとLen Siewと一緒にしゃべっていました。Ruthも次の土曜には出て行くと言うので、寂しい限り。こちらに来て一番いろんなことを親切に教えてくれた女の子です。Midlandsの自宅に帰るだけだし、また諮問の時には来るから、と言っていましたが、みんなでお別れ会をする時間が合わず、たまたま夕方に彼女を見かけてしゃべっていたところにLen Siewが来て、パーティができないならと、Ruthがキャロットケーキを出してきて、「日本ではデザートは別腹って言うんだよ」と私が言いながら、女3人でそれぞれの国の話から天皇制や王室、彼の話まで、いろんな楽しい話をしていたところにNick登場でした。これはどうするの、あれはどうするの、と聞く彼に、やっぱり一番親切に教えてあげていたのはRuth。新しい友達と、去っていく友達が入り乱れてつながり合って。Ruthが寂しがらないでね、ここは駅みたいな特別な場所だから、また新しい出会いがあるんだから、と再度言ってくれました。ケンブリッジ「駅」からはもうすぐまた一人旅だって行きます。

お別れのシーズンに旅行をしていて、例えばCharlesのお別れ会に出られなかったのは残念ですが、初めて行ったコーンウォールは想像とはまたひと味違う、おもしろい場所でした。ペンザンス。ひりひりするのどに不安を覚えながら寝た夜は、想像通り熱が上がり、寒気と身体の痛みを一緒に連れての5時間の列車の旅。ペンザンスは、パディントンから出るGreat Westernの最終駅なのです。つまりイングランドの最西端。今回はそこから、Land's Endと呼ばれる場所を目指す旅です。体調が悪くて、電車に乗った途端に寝てしまいましたが、前の席に座ったおばさまはどうやらお話相手が欲しかったらしく、半分をすぎた辺りで目を覚ますと、早速いろいろなことを教えてくれました。Devonの最西端がPlymouth。海軍基地のある大きな街です。プリマスから橋を渡ると、コーンウォールに入ったというマークがあるというのもそのおばさまが教えてくれました。いよいよあこがれのコーンウォール。Cornish (Devon) Creamというのはクロッテッドクリームの別名だし、Cornish Pastyという牛肉のパイも有名、そして何より海辺だからお魚がおいしいはずです。エクセターをすぎると左手には一面の海。南の海岸線だから、青くてとてもきれいです。そして、東南部の白い壁とは対照的な、赤い石灰岩の大地が見えます。最果ての地、コーンウォールはもうすぐです。

コーンウォール半島の最西端、ペンザンスに到着したのは3時。ロレンスが描くコーンウォールに影響されていた私は、荒涼たる寂れた土地を想像していたのですが、実際のペンザンスは期待に反する陽光あふれるリゾートでした。青い空と青い海、そして穏やかな気候。出発したロンドンがどんより曇っていたのとは大違いです。しかし、ペンザンスという言葉がCornishで「聖なる土地」を意味するように、イギリス版モンサンミッシェル、St. Michel's Mountが見え、道を歩く人たちの顔もやはりケルトが強い感じがします。ここはブロンテ姉妹の母親の生まれた場所。イングランドの一部ではありますが、コーニッシュと呼ばれる言葉が残り、ケルトの文化が色濃いところです。泊まったB&Bの名前も、コーンウォール語で「海辺の家」という名前。(Chy-An-Mor・・・読めません。)c0105386_891055.jpg教会にはハイクロスのお墓が立ち並び、こんなハイクロスもありました。(ハイクロスにキリストが架かっているのは初めてみました。)ペンザンス自体は小さな街で、到着したのが土曜日だと言うこともあり、街にはあまり人もいないし、お店もたくさん閉まっていました。けれどもハーバーがあり、海鳥の声がして、いかにも海辺の街といった感じです。そして道を歩いている男の人がみんな海賊に見える!髪を長く伸ばしてひげも生やし、日焼けした小柄で敏捷そうなケルト系の男の人たち。勝手に「あの人海賊」と思いながら(それが結構たくさんいるのです!)街を歩き、コーニッシュクリームを試すため、ティールームに入りました。頼んだのはもちろんクリームティー(クリームティーというのは、お茶とスコーンのセットのことです)。c0105386_884814.jpgスコーンがなぜか油っぽかった(何となくCornish Pastyの外のパイ皮みたいな味のスコーンでした)のが残念ですが、クリームはやっぱり絶品でした。とってもフレッシュ。クロッテッドだからもちろん濃いのですが、香りも舌触りもとてもなめらかでフレッシュで、舌の上で溶けるようなクリームでした。のどと身体の痛みをおして食べに来て良かった☆

次の日はイングランド最西端を目指すので、熱が上がっては困ります。しかも、セント・アイヴスとミナックシアターにも行く予定です。相変わらずの盛りだくさん旅行。さっさとB&Bに戻って就寝、明日のランズ・エンドが楽しみ(不安?)です。
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by ellisbell | 2006-09-21 08:07 | trip

Paris

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今日のお昼にようやくケンブリッジに戻って来ました。両親を送り出してから風邪をひき、強行軍でさらにイングランド西部旅行を終えての帰りです。でも、日記は、順番で行くとまずは両親とのパリ旅行から。

またまたのパリ。今度は、ユーロスターに乗ってみたいと言い出した両親に付き合っての観光です。パリというのは、何度行っても美しい街だと驚嘆させられます。今回はオペラ座のすぐ近くにあるホテルをとったので、メトロから上がったところで両親が感嘆の声をあげました。絢爛豪華なオペラ・ガルニエを中心とする華やかな区域です。さらには、街を歩く人の格好もシンプルだけどおしゃれだと母が大喜び。ホテルも3人部屋ということで、屋根裏のようなロフト付きのお部屋だったのですが、内装もおしゃれでパリのお部屋という感じだったので、大満足でした。お昼ごはんを食べて、ギャラリーラファイエットの上のカフェテリアからパリの街を眺め、さて何をしようかと計画します。イギリスでダブルデッカー(二階建てバス)、チューブ(地下鉄)、BR(鉄道)、オースティン(タクシー)、そしてユーロスターと、いろいろな乗り物に乗った両親が次に乗りたがったのが、遊覧船。そういえば、テムズ川では船に乗る代わりに、観覧車に乗ったのでした。イルミネーションが見たいというので、夕方のバトー・ムーシュに乗ることにして、その近くで晩ご飯を食べながら、暮れなずむエッフェル塔を見つつパリを実感しました↑。昔乗ったときは、バトー・ムーシュには日本語もあったのに、今回は韓国語に変わっていたのがびっくり。そういえば韓国の団体さんがたくさん乗っていました。

次の日には、朝から半日市内観光のバスに乗って、私も久しぶりにモンマルトルのサクレ・クール寺院やエッフェル塔をじっくり見ました。やっぱりパリは壮麗な建物が多くてきれいな街です。お昼には、前に連れて行ってもらってあまりのおいしさに感激したタルトタタンを再度食べに行き(またもや感激)、ノートルダム大聖堂を見て、ショッピング。夜には、有名なキャバレー、リドに行きました。シャンゼリゼにあるエレガントなキャバレーです。お食事は想像通りおいしくなかったけど、ショーは絢爛豪華で華やかで、おもしろかったです。床からピラミッドが出てきたり、天井から下がった1本のヒモで身体を支えるアクロバットがあったり、インド象のセットがあるかと思えば本物の馬が出てきたり、果てはスケートリンクが出てきて、アイススケートまで本当に目の前のステージでやっているのを見ると、本当に手を変え品を変えお客を楽しませるショウビジネスってこういうのなんだなぁと感じ入りました。

3日目は、そろそろ疲れてきた両親を引っ張って、朝からルーブルへ。一番に入ったおかげで混んでいないモナ・リザを見られました。有名な作品や建物そのものを存分に満喫して、フォションのサンドイッチとマカロンを買い込み、ホテルで遅めのランチ休憩。その後、「オペラ座の怪人」で落ちてくるシャンデリアが見たい、という父の希望で、オペラ・ガルニエへ。でもせっかく入ったのにシャガールの天井画はリハ中で見られず・・見られないの?と聞きに行ったら、スタンプを押してくれて、明日は見られるからまた明日おいで、とのことで、その日はあきらめました。ディナーはフレンチを満喫、就寝です。

c0105386_812044.jpg最終日、朝から両親をオルセー美術館に押し込んで、私は近くのロダン美術館に久しぶりに行ってきました。何度見てもロダンの美しさには本当に感激します。人間の肉体そのものの、圧倒的な美しさ。人間の存在ってこんなに美しかったのか、といつも思わされます。彼のアトリエだった場所が美術館になっていて、エッフェル塔やナポレオンの眠るアンヴァリッドを背景にした庭園にも作品が溶け合い、素晴らしい空間を作り出していました。前に弟と初めてパリに来たときに行った三つ星レストランが斜め前にあるので、それを眺めながら両親を迎えに行き、ベトナム料理を楽しんで、大急ぎでオペラ座に向かいます。チケットを見せて昨日こういわれたと言ったら、そこにいた人が「天井画は今日も見られないよ」と言います。昨日こういわれたんだ、とにかく入って見る、と再度の抗議で「まあとにかく入ってみな」とのこと。入ってみたら、なんとやっぱりちゃんと見られるではないですか。c0105386_8124493.jpg(相変わらずいい加減だな、パリ!)シャガールらしい幻想的な天井画に壮麗なシャンデリアが見事にマッチしていました。

これでパリは終わり。半月ヨーロッパに滞在していた、両親の旅行も終わり。次の日にヒースローに送っていったら、セキュリティはずいぶん緩和されていましたが、やっぱり手荷物検査には長蛇の列ができていました。9月には両親が来てくれるから、と楽しみにしていたのもあっという間に終わってしまったなぁと思います。両親も疲れたようですが、無事に帰国し、滞在を楽しんでくれたようだったので、何事もなかったことに本当に一安心。盛りだくさんで忙しい旅行だったと思いますが、せっかくの滞在ですから、事故も病気もなく楽しめたことが何よりです。で、見送った私は次の日からコーンウォールに行くため、友達と待ち合わせ。その時からのどがおかしいとは思っていました。友達にお薬をもらおうと思ったのが甘かった。彼女には風邪薬の手持ちがなく、不安を抱えたままの西部旅行です。その日記はまた後日。
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by ellisbell | 2006-09-20 08:10 | trip


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