Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
by ellisbell
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カテゴリ:trip( 49 )

百塔の都(3)

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今日も晴れ渡った気持ちのいい日曜日でした。

先週はこちらも寒い日が続いていたそうですが、クルムロフから戻ったプラハも曇天の下、寒く凍えていました。雪が降るほどではなかったのですが、やっぱり底冷えします。大陸らしい寒さ。それでも限られた時間しかいられない観光客ですから、元気に外を歩き回ることに変わりはありません。この日のプランはカフカ・デイ。クルムロフを代表する芸術家がエゴン・シーレだとすれば、(シーレも好きなのに、エゴン・シーレ文化センターという建物は閉まっていました。残念。ウィーンでたくさん見たから今回は諦めました。)プラハはもちろんミュシャとカフカの街(もちろんスメタナとドヴォルザークの街でもあります!)。朝から張り切って、旧市街広場の北側にあるカフカの生家を訪れてみると、残念ながら休館日orz。出鼻をくじかれましたが、気を取り直してプラハ城へ歩いて行きました。そう、今日の観光の目玉はプラハ城。そして、夜の観劇です。

ボヘミア王国の歴代の王の居城として建てられたプラハ城。この姿をカレル橋から見上げると、プラハに来たことをしみじみと実感します。16世紀まで王の居城として使われていたそうですが、現在では厳密に言うとお城というのは難しいのかも知れません。一部は大統領府として使われていますが、それ以外の部分は大聖堂(ひときわ高くそびえる塔が大聖堂です)、修道院、そして小さな家々が立ち並ぶ、小さな街のようなところなのです。
c0105386_5514590.jpgブルタヴァ川を越えて、丘の上に上がっていくと見えてくるのは大きな門。カフカの小説とは違って、この「お城」にはちゃんと入れます(笑)。今回は裏側から入ったので、まず最初に目指したのは「黄金の小路」と呼ばれる可愛らしい街並み。中世、ここには錬金術師たちが住み、様々な実験を行っていたことからこう呼ばれるそうです。可愛らしいこの家々の中の22番、手前の水色に塗られた家が、カフカの妹のもので、彼が小説を書く仕事部屋として使っていた家。今はこの家々はおみやげ物屋さんとして使われていて、カフカの仕事部屋は本屋さんになっています。小さな小さな仕事部屋。ここで彼は様々な人間の不条理な存在を鋭くえぐり出すあのような小説を書いたのですね。

c0105386_5524392.jpg並びにある、その名もカフェ・フランツ・カフカで簡単なランチを食べた後、聖イジー教会を見てから、中央にそびえ立つ聖ヴィート大聖堂へ。あまりにも巨大な大聖堂で、とても写真に収まりません。(前回来たときも、これを撮るのには魚眼レンズみたいな広角がいるよね、と友達と話したことを思い出しました。)素晴らしいゴシック様式の大聖堂です。中に入ってステンドグラスを眺めると、やっぱり西欧のカトリック教会とは少し趣が違います。そして左側に美しいステンドグラス発見。







c0105386_553896.jpgなんだかミュシャみたい、と言って、はっと思い出しました。そう、このステンドグラスは本当にミュシャ(チェコ語ではムハ)の作ったものなのです。優しい美しさを持ったステンドグラスです。そして、この大聖堂をくるりと回った出口近くには、塔への登り階段が。"Attention! 287 steps!"と書かれています。もちろん高いところが好きな私は喜んで上ることにしたのですが、古い建物ですから、くるくる回る螺旋階段に、途中で目が回ってしまいました(笑)。でも、上る価値は十分にあります!素晴らしい眺めでした。真ん中にブルタヴァ川が見え、カレル橋も、ティーン教会の尖塔も、みごとなオレンジ色の家々の立ち並ぶ中に美しい姿を現しています。こうして見ると、オレンジ色の美しい屋根から、たくさんの教会の尖塔がそびえ立ち、プラハが「百塔の都」と呼ばれるのもよく分かります。ため息が出るほど美しい街です。階段を下りながら(またもや目が回りました 笑 途中で出会う人に「後どれくらい?」と聞かれ、「うーん、1/3かな」と言うと、大きなため息が返ってきました!)やっぱり石の文化ってすごいなぁと思いました。(その代わり、ぬくもりは絶対に木の文化の方があると思います!)

c0105386_5533672.jpgプラハ城から、マラーストラナと呼ばれる地域の方へ降りていく階段。階段自体にとっても風情があり、そして美しい景色が広がります。いったんホテルに戻って荷物を置いて、その晩はチェコの伝統、マリオネット劇を予約していたので、大急ぎでごはんを食べに。演目は、モーツァルトのドン・ジョヴァンニ。プラハととても縁の深い作品です。国立マリオネット劇場にチケットを買いに行ったときに、親切な受付のおじさんがいろいろ劇場内を見せてくれましたが、彼の話では今もチェコにはマリオネットを作ったり動かしたりするための専門の学校がちゃんとあるそうです。スピーカーから流れるオペラに乗って、人形たちが自在に動き回る姿は素晴らしかったです。悲劇なのですが、人形劇らしくユーモラスな部分も強調してあって、中にシュールな演出もあり、本物のお水や火まで使われる、人形遣いたちの息づかいが聞こえるような素敵な舞台でした。文楽や浄瑠璃もそうですが、手が見えているのに人形に意識が集中するところがすごいですよね。そして文楽と違って、マリオネットをひとりの人間が操るのではなく、舞台を自在に動かすために何人もに一体の人形が手渡され、交換されながら、舞台が進んでいきます。本当に息のあったメンバーでないと難しいのでしょうね。チェコらしい、素敵な夜でした。 c0105386_554323.jpg人形劇の帰りに通った旧市街広場。ティーン教会がライトアップされています。寒いのに、人々はストーブを焚いて、カフェのテラス席でおしゃべりを楽しんでいるのが驚きです。夜のプラハも美しいですね。
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by ellisbell | 2007-02-12 05:56 | trip

百塔の都(2)--チェスキー・クルムロフ編

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ケンブリッジは、今日は雪。

昨日から、雪の予報は出ていましたが、朝一番に窓の外をのぞいてみると、外は銀世界。先日よりもたくさん積もっている上に、午前中はまだ降り続いていました。これは二度目のケンブリッジ雪景色を写真に納めなくては、と、朝からカメラを持ってcity centreへ。その途中に写真を撮ってみると、何と画面には「メモリーカードがありません」の文字が・・・!!そう、昨日、パソコンに読み込んだ時に、カードを抜いたままにしてしまっていたのです(涙)。人と会う予定があったので、取りに戻る時間もなく、今日の雪景色は眺めるのみでした・・orz でも、歩道も雪が溶けかけて滑りやすくなっていたので、いつも以上にのろのろと景色を楽しみながらお散歩した一日でした。(今日は空港が大混乱です。帰ってきたのが昨日で良かった♪)

c0105386_5495916.jpgさて、チェコ旅行。プラハを1日楽しんだ後は、前回行きたくて果たせなかったボヘミア街道を辿るショート・トリップに出かけることに。今回の目的地は、プラハと並ぶチェコの世界遺産として名高い街、チェスキー・クルムロフ。チェコは大きくボヘミア地方とモラヴィア地方に分かれますが、クルムロフは西側、ボヘミア地方を南下していったオーストリアとの国境にほど近い街です。プラハから200キロの旅は、とりあえずプラハ中央駅からスタート。EU参加以前と比べて、ずいぶん英語が通じるようになった(前回は私の恐ろしいフランス語の方が、英語より通じました!前回、ビアホールで素敵な姉弟+伯母さんと仲良くなった時には、意思疎通が本当に大変だったのです!!)という印象ですが、やっぱり駅などでは少し苦労します。それでも乗り換え時間を含めて5時間弱の旅で、ふたりで1500円ほどとは、本当に物価の安さに驚愕。(←ロンドンーケンブリッジは片道4000円します!)電車は古い形で、今もコンパートメントに分かれているのも新鮮。そういえば、昔ウィーンに移動した時もそうだったなぁ・・・

c0105386_5505585.jpg途中、チェスケー・ブデヨヴィツェ(バドワイザーで有名な街です!バドワイザーって、私も前回行ったときまで、ドイツ起源のアメリカの会社だと思っていました。チェコなんです!!)で乗り換え、チェスキー・クルムロフまでは二両編成の各駅電車でゴトゴトと行きます。山手ですから、雪も多く残っているし、凍った小さな池などもありました。電車の駅から街までは歩いて20分ほど。街の入り口には門があって、いかにも古い街の風情が漂います。蛇行するブルタヴァ川に沿って発展した小さな小さな街ですが、この街にはボヘミア地方ではプラハ城に次ぐ大きさのお城があるのです。そのお城はどこからもよく見え、名実ともにクルムロフのシンボルの風格を持っていました。

街の印象は、本当に小さくて可愛らしい街だということに尽きます。ベルギーのブリュージュもこぢんまりした素晴らしく美しい街ですが、少し感じが似ているでしょうか。オレンジ色の屋根を持ったカラフルな家が建ち並び、中世そのままの細い入り組んだ路地が家々をつないでいます。チェコ屈指の観光地で、夏は観光客も多いそうですけれど、今は季節外れの上に、プラハからの日帰り観光客が多いようなので、私が着いた時にはほとんど人がいなくて、街並みを貸し切り状態で楽しめました。街のどこからも見えるルネサンス様式のお城を眺めつつ、ホテルへ向かいましたが、この日泊まったホテルは、昔の修道院を改築したもの。素晴らしく美しく、雰囲気のあるホテルで大満足♪c0105386_5513289.jpg夕食もこのホテルで取りましたが、修道院らしくあちこちに宗教的なモチーフの装飾がなされている、美しいレストランでした。お食事もとってもおいしかったし(チェコ料理って、前はあんまりいいイメージがなかったのですが・・・ジャガイモ団子が必ず付いて来るのです!!)、しかもオフシーズンでお食事は何と50%オフ!!とっても素敵な夜でした☆c0105386_5521434.jpg

次の日は、街をのんびり歩いて散策を楽しみ、お店をのぞいたり、教会をのぞいたり。チェコはボヘミア盆地で採掘されるガーネットと琥珀が有名なようで、あちこちに宝石店があります。本場だということで、私の誕生石でもあるガーネットのピアスをゲットしました♪うきうき♪♪♪旅先で買ったものって、眺めたり身につけるたびにその土地を思い出すからいいですよね☆☆☆その後、街をくるっと歩いて、お城に入りました。このお城にはクマが飼われているのが有名だそうですが、残念ながらお城の中を見せてくれるツアーはシーズンオフでやっていなかったので、クマを見ることも、お城の塔に上ることもできませんでした。けれども、お城からの街の眺めは壮観!!素晴らしく美しい眺めでした。本当にこぢんまりした可愛らしい街なのです。石の文化って、古いものがそのままの形で残っていくのが素晴らしいですね。また行きたい、大好きな街が一つ増えました。名残を惜しみつつ、プラハまでバスで戻りました。

c0105386_5531723.jpg人口も少なく、観光で生きているような街のようで、あちこちにおみやげ物屋さんがあります。あまり人が住んでいるような感じを受けない旧市街です。マリオネット屋さんの入り口では、ここでも、大きなマリオネットが「おいでおいで」をしています。
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by ellisbell | 2007-02-09 05:54 | trip

百塔の都(1)

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冬の似合う美しい中欧の古都、プラハに行っていました。

プラハへはこれが二度目の訪問。前回訪れたのは、EU加盟前の東欧の雰囲気が色濃く漂う頃でした。時期は同じ2月。ただ、2月末に行った前回と比べて、今回は2月の頭ですから、寒いだろうと覚悟して行きました。出発の日のケンブリッジは快晴。厚手のセーターを着てコート、手袋、ショールを持っているのは私ひとりという暖かい冬の日でした。ケンブリッジにほど近い、ロンドン・スタンステッド空港からプラハ・ルズィニエ空港までは2時間弱の空の旅です。緯度は下がるものの、プラハの方が気温はぐっと下がって、ホテルへ向かう車の中からは、夜の闇に光る白い雪の残りが見えていました。

c0105386_664816.jpg街の中央をブルタヴァ川がゆったりと流れる、中世そのもののプラハの街並みは、ヨーロッパでもっとも美しい街の一つだと思います。石畳の細い路地、曲がりくねった迷路のような小道の一つ一つが美しい建物に彩られ、芸術の香りを漂わせている、風情のある街です。2度目なので、観光にあくせくすることもなく、ゆったりと街を歩いて楽しんで来ました。ブルタヴァ川の右岸には旧市街が広がり、旧市街広場にある、旧市庁舎の美しい天文時計は毎時にからくり人形が出てくることでも有名←。死神のならす鐘の音とともに、12人の使徒が現れます。チェコの様々な歴史の舞台となった場所でもあり、広場の中心にはチェコの宗教改革指導者、ヤン・フスの像もあります。


c0105386_672410.jpg東側にそびえ立つティーン聖母教会の形を見ると、やっぱり英国とは違う国を旅行していると実感します←。この北側に広がるユダヤ人地区も、今回はゆっくり回りたいと思っていた場所の一つなのですが、とにかく初日はプラハでもっとも美しい場所(だと私が思っている)カレル橋まで街並みを見ながら歩いていきました。

カレル橋(冒頭)。プラハ屈指の観光名所ですが、どんな時間に訪れても言葉を失うくらいに美しい場所です。欄干には30体の聖人像が建ち並び、両岸にオレンジ色の屋根を持った壮麗な建物が見え、遠景にはプラハのシンボルであるプラハ城が見えます。そして、ゆったりと流れるブルタヴァ川。歩行者専用の橋なので、橋の上ではたくさんのおみやげ物屋さんや、似顔絵描き、ストリートパフォーマーがにぎやかに観光客を惹きつけています。5年前の大洪水でカレル橋もダメージを受けた映像をテレビで見ましたが、洪水前と同じく美しい姿は健在で安心しました。

プラハは芸術の街でもあります。モーツァルトが訪れ、ドン・ジョヴァンニの初演をした場所としても有名ですが、街中にあるたくさんの教会で、ほとんど毎日ミニ・コンサートが催されています。この日は聖イジー教会で行われていたオルガンコンサートを聞きに行きました。小さな教会の礼拝堂は、思ったよりも音響が良く、オルガンとヴァイオリン、ソプラノが融合した素敵なコンサートでした。気軽に音楽を楽しめるのは、やっぱりヨーロッパの良さですね。そして、画家アルフォンス・ミュシャをうんだ街でもありますから、街中がアール・ヌーヴォー的な美しさを持った街でした。

c0105386_69416.jpgチェコは芸術としてのマリオネットがとても盛んで有名です。街なかにもたくさんのマリオネット屋さんがあり、観光客向けのおもちゃから、本格的な手作りの素晴らしいお人形まで、たくさん売られています。前回来たときにも素敵なマリオネットを買いましたが、見ているだけでも楽しいお店がたくさんです。道を歩いているとマリオネットが呼び込みをしていたりもします♪










c0105386_684290.jpgプラハは芸術の街らしく、カフェ文化も発達した街です。あちこちのきれいなカフェに入りました。ミュシャに代表されるアール・ヌーヴォーの街ですから、特にガイドブックに載っていないようなカフェでも、天井が高く、装飾的な美しいカフェがたくさんあります。これは夜にごはんを食べた旧市街広場の片隅にあるホテルのレストラン。シャンデリアがきれいでした。

書きたいことはたくさんありますので、数日に分けて書こうと思います♪
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by ellisbell | 2007-02-08 06:09 | trip

Chester

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今日のケンブリッジはお天気も良く、小春日和。学生たちも続々と街に帰ってきて、いつも通りの学生の街が戻ってきました。

さて、年末のウェールズ旅行。北部ウェールズへの拠点となるのは、北部イングランド、チェスターの街です。ウェールズへ向かう電車の乗り換え駅なのですが、単に通過するだけではもったいない。この街はイングランドでもっとも中世の面影が残る街として有名なのです。その歴史はローマ時代までさかのぼることができ、アルフレッド大王の娘がヴァイキングを撃退したという物語が残る、古い街です。旧市街を城壁がぐるっと取り囲み、街の中にはチューダー様式の古色歴然たるおうちが建ち並びます。せっかくですから、ディー川の流れるこの美しい街にもう一泊することになりました。

ヨーロッパではどこでもそうですが、街ができた後に鉄道が敷かれたので、鉄道駅というのはだいたい街はずれにあります。この街も、駅から旧市街まで徒歩20分くらい(ケンブリッジもそれくらいです)。城壁がみごとに残っている様子は、北部イングランドの中心都市ヨークを彷彿とさせます。まずは予約してあるB&Bに荷物を置きに行きましたが、今回のB&Bはディー川を臨む城壁の上にあるゲストハウス。古い英国の家はどこでもそうですが、床が傾いているのも、歴史を感じさせます(笑 地震のある国日本では考えられませんが、こちらは19世紀のおうちでも新しいと考えられています!)。荷物を置いて外に出たら、ディー川沿いから美しい夕焼けが見えていました。4時前には暗くなってしまう12月の英国、この日はあちこち回ることはできませんから、街をぶらぶら歩いて、歴史あるパブでごはんを食べて帰ってきました。そういえばウェールズで、「これからどこに行くの?」とよく聞かれ、「チェスター」というたびに、「ああ、お買い物だね、女の子は買い物が好きだから」という反応が返ってきていました。(ちなみに英国ではクリスマスの次の日、ボクシング・デイからいっせいにセールが始まります!)街に着いて納得。そんなに大きな街ではないのですが、ウェールズの田舎と比べると、たくさんのお店が集まるショッピングモールがたくさんある街だったのです。ウェールズから、お買い物に来る人もたくさんいるのでしょうね。考えてみると、この街は昔から商業都市として栄えていたのだから、それも当然でしょうか。

チェスターといえば、有名なのはロウズ(The Rows)と呼ばれる木組みの美しい商店街↑。上階部分がつながり、お天気の悪い北部イングランドでもお買い物がしやすい構造になっています。チェスターは、チューダー様式の、この白壁に黒い木組みのおうちが有名な場所なのです。素敵なティールームなどもあり、有名なチェシャー・チーズを売るお店もありました。そう、ここはチェシャー州。ルイス・キャロルの生誕地も近いのです(非常に残念ながら、車でないと行けないようなところなので、今回は涙をのんで断念!悔しい!!)。「アリス」に出てくるCheshire cat(チェシャー猫)は、チェシャー州名産の大きな猫型チーズを、後ろからかじっていった姿だと言われていますが(だから、"grin without a cat"「猫のいないにやにや笑い」というものを彼が発明したという説があるくらい!)彼(?)のふるさとです。みごとな大聖堂も持つ、かつての繁栄を思わせる街。風が強くて寒かったけれど、城壁を歩きながら、歴史を感じた街でした。

これで西部への旅は終わり。旅をするたびに英国がさまざまな顔を持っていることに驚かされます。またどこかに行きたくなるような旅でした。
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by ellisbell | 2007-01-08 06:10 | trip

Wales(Caernarfon編)

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今日は1月5日。Twelfth Nightです。

12日続いたクリスマスのお祝いが終わり、クリスマスの飾りをはずす日。コレッジにはgreen officerというのがいるのですが、メイルが回ってきました。今夜は飾っていたクリスマス・カードなどをはずしましたが、捨てる前にリサイクル・ボックスに入れてくださいとのお知らせです。私はもちろん捨てないからリサイクルにも出しませんが、やっぱり環境保護の意識は高いです。

c0105386_4374569.jpgさて、ウェールズ、二つめの目的地はカーナーヴォン。ここのお城は昔から絶対に見たいと思っていました。電車は通っていない港町なので、バンゴールからバスで30分ほど揺られていきます。街について、まず驚いたのがカーナーヴォン城の大きなこと!↑世界遺産のこのお城を見るためにたくさんの観光客が訪れる街ですが、街自体は城壁に囲まれた、小さくてひっそりとした中世の街です。石畳の可愛らしい街に対して、とにかく巨大で威圧的なお城。そう、このカーナーヴォン城はウェールズ征服の最大の拠点となった場所なのです。そして、ウェールズを合併したエドワード一世は、ウェールズ人に自分たちがよく思われていない(当たり前ですが)ので、その心をつかもうと、王妃エリノアをこの城に呼び寄せて、そこで男児を産ませたのでした。そして、生まれた王子は、Prince of Walesという称号を与えられることになるのです。そう、これが、英国皇太子の称号、Prince of Walesの始まりだというのはとても有名な話ですね。現チャールズ皇太子も、このお城で1969年にこの称号を与えられています。

入ってみると、アイアン・リング最大、そして最強の城と呼ばれるゆえんがよく分かります。大きくてとても壮麗なお城。西側、南側を海と川に面しているので、交通の便がとてもよく、要塞としての立地も完璧だそうです。芝生の中庭を囲んで回廊が通り、8つの塔は今も健在。昔の威光がしのばれる、素晴らしい古城でした。そして、芝生の真ん中にある円形の印↑。ここがチャールズ皇太子の叙任式を行った場所だと書かれていました。当時のイングランドの権勢がよく分かります。とにかく巨大で立派な、そして美しいけれども威圧的な、存在感のあるお城でした。周りの城壁も中世そのままで雰囲気のある街だったし、この街も、美しい趣のある印象的なところでした。ウェールズ、美しい国です。

c0105386_436585.jpg夜に近くのパブでウェールズ名物のラムを食べました。そして、ウェールズの地のビール。ウェールズはスコットランドよりは低いけれども「山」を持っていますから(ブリテン島には大きな山はほとんどありません)、こちらの水は磨かれて軟水になるそうです。(ケンブリッジのお水は、平坦なイーストアングリアを通りますから、もっとも硬度が高いらしく、Cambridge water is terrible!と英国人ですら言います(笑)。)「名前を覚えられないから、写真を撮ってもいい?」とバーメイドに聞いて撮っていると↑、そばでお客さんとウェールズ語でしゃべっていたおばさんが突然、「そんな写真おもしろくないわよ、中に入りなさい」!とやってきました。そしてカウンターの中でコックを握るようにとの指示に従うと、その写真をぱちり。"Our new barmaid!"と大笑いしながら、正しいウェールズ語の発音を教えてくれました。(何度もやり直しさせられました・・・難しい!)ウェールズの人たちもおしゃべり好きで親切なのは、やっぱりケルト系の血をひく人々だからでしょうか。素敵な街でした。ここから、北部イングランドに残る中世の街、チェスターに向かいます。
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by ellisbell | 2007-01-06 04:46 | trip

Wales(Conwy編)

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冬至を過ぎて2週間。緯度の高い英国では少しだけ日が長くなったように感じられます。

とは言っても、まだお部屋の窓から通りを挟んで見える3階建てのおうち以上に太陽が昇ることはなく、弱々しい光であることには変わりありません。旅行には不向きな季節ですが、Wales北部の街を年末に訪れました。今回行ったのはConwy, Caernarfon,そして、北部イングランドの街Chester。すべて、古い中世の風情の残る素敵な街でした。

上に書いたConwyそしてCaernarfon、発音できるでしょうか。コンウィはそのままですが、もう一つはカーナーヴォンという発音になります。ウェールズというのは、13世紀にエドワード一世によってイングランドに吸収されてしまった地域ですが、今も強い独自のアイデンティティを持つケルトの血を引く文化を持つ場所です。ウェールズに入ると、すぐに駅名や交通標識、観光地のパンフレットからゴミ箱に至るまで、ウェールズ語と英語の二カ国語表記になります。スコットランドよりも早く吸収されてしまっているので、現在はスコットランドほどの自治権は認められていませんが、ウェールズ語は学校でも教えられているし、実際にあちこちで耳にする生きている言語であることに驚きました。若いお母さんが子供をしかっている言葉が耳慣れず、??と聞いているとどうやらウェールズ語らしい、などということがありました。アーサー王伝説や妖精譚をはじめ、さまざまな文化の宝庫でもあります。首都はカーディフですが、今回は北部イングランド、特にエドワード一世が築いた古城を二つ見てきました。

コンウィはコンウィ川のほとりにある、小さな城壁に囲まれたのどかな街です。11月から3月までしまっているお店も多いし、電車で行く人は少ないのか、チェスターを出た電車は途中からリクエスト・ストップになります。車掌さんが回ってくるので、大あわてで「コンウィでおろしてください!」と頼んで、電車の方がホームより長いため、一番前のドアからしか降りられない、小さな駅に降り立ちました。駅につく直前、トンネルを抜けたところで海側に古いお城と白い吊り橋が見えます。エドワード一世が北ウェールズ征服のために築いた10のお城はアイアン・リングと呼ばれるそうですが、これはその一つ。美しい中世の古城でした。残念ながら雨が降っていましたが、廃墟となった古城のすべりやすい階段を危ない足取りで上ると、今では屋根がなくなってしまったその姿がみごとに見えます。保存状態は非常によく、建物の外側と塔がみごとに残っている上に、19世紀にかけられた白い吊り橋が、古いお城にとても美しくマッチしています↑。ウェールズの人々に取っては、エドワードの征服の証ですから、複雑な思いなのでしょうけれど、美しい古城でした。

この街にはイギリスで一番小さな家というのもあり、わずか高さ3m、幅1.8mの小さな家も一応見てきました。しかしそれよりもこの近くで見てみたかったもの、それは世界一長い名前を持つ電車の駅。
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コンウィからアングルジー島へ渡った最初の駅です。その名も"Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch"(もう一つどうしても大きな写真で載せたかった・・)。ウェールズ語ですから読めませんよね。意味は、"Mary's Church by the white hazel pool, near the rapid whirlpool, with the Church of Tysilio by the Red Cave"(激しい渦巻きと赤い洞窟のそばのティシリオ教会に近い白いハシバミのくぼ地にあるメアリー教会)だそうです。ウェールズ語ではllを[thl]と発音するそうで、ここは略して「スランヴァイル」と呼ばれています。単に写真を撮るためだけの、8分間の滞在でしたが、大満足♪

そしてカーナーヴォンに向かいました。続きはまた明日書きます。
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by ellisbell | 2007-01-05 06:20 | trip

北の都(文化・食べ物編)

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再度、エディンバラ旅行記です。

主な観光地としては、先述したように、ホリールード、エディンバラ城、セント・ジャイルズ教会などを回り、それぞれにスコットランドの歴史を十分に感じることができました。英国の正式名称の一部、the United Kingdomはイングランドとスコットランドの連合であることをさすわけですが、実際にはスコットランド側に不平等感を感じる人が多いらしく、ショーン・コネリー(←大好き♪)などは完全分離派として政治活動もしていますよね。(そういえばエディンバラは彼の出身地でした。)やっぱりスコットランドの地で感じることは、イングランドとは空気が違うということ。うまく説明できませんが、やっぱり違う国なんだと言うことを、ひしひしと感じました。スコットランドの文化で有名なものは、ハギス、タータン、そしてウィスキーでしょうか☆

c0105386_5283887.jpgハギスはさすがに私は苦手なので、今回も避けてしまいましたけれど(ハギスというのは、羊の内臓にオート麦などを混ぜて、羊の胃に詰めたものです)、それ以外の食べ物はとても楽しむことができました。知り合いに勧められたThe Fisher's(お魚料理)もおいしかったし、カレドニアン・ヒルトンではアフタヌーンティーも楽しみました。スコティッシュ・アフタヌーンティーはショート・ブレッド(←バターたっぷりのクッキーみたいなものです。おいしいので大好きですが、カロリーを考えると怖いものがあります)がつくそうですが、今回のティーは普通の3段にパンケーキのようなものが付いていました。(食べきれませんでしたが、それでも動くのも苦しい状態になりました。)エディンバラ城の隣にある、エディンバラを代表するthe Wichery(ドクター・ジョンソンが食事をしたらしい、というミーハー根性で背伸びをして行ってみた)も楽しんだし、満喫です。c0105386_529415.jpgそして、忘れてはいけないのがこのカフェ、エレファントハウス。そう、J.K.ローリングがコーヒー1杯で粘ってハリー・ポッターを書いたというカフェです。フレンドリーで、学生の多い、居心地のいいカフェでした。中は全然ハリポタを売りにしていないのも気に入りました☆

もう少し文化的なことといえば、スコットランド・ナショナル・ギャラリーにも行きました。ロンドンほど大きくなく、こぢんまりとした中に、そんなに有名ではないけれども秀逸な作品が並んで、こちらも居心地のいい美術館。その後、道を歩いていると、待望のバグパイプの音が聞こえてきました。スコットランドに来た♪という気持ちが盛り上がります。もちろん、演奏者は伝統衣装のタータンキルトを身につけています↑☆ハイランドの男性正装。タータンは日本の家紋と同じく、クラン(氏族)によってデザインが違います。有名なのは、英国王家のロイヤル・ステュアートでしょうか。赤地のタータンはきっと誰でもみたことがあるでしょう。(そういえば、今のエリザベス二世は、スコットランドではエリザベス一世なのですよね。シェイクスピアの時代にはスコットランドは別の国だったから。その辺りもスコットランドの心意気です☆)今度は絶対に、もっと深くスコットランド文化が息づくハイランド地方にも行きたいと思いました。

そして、最後はスコッチ・ウィスキー。当然、行ってきました♪ヘリテージ・センターで、スコッチの作り方、それぞれの地域の味や製法の違い、シングルモルトとブレンディッド・ウィスキーの違いなどを勉強して、最後はウィスキー・ショップ。これが目的でもありますから、しっかり買い込みましたよ☆6種類。お味は、また、報告します☆
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by ellisbell | 2006-11-12 05:36 | trip

北の都(観光編)

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誇り高きスコットランドの首都、エディンバラを訪れました。

ケンブリッジから電車で5時間。緯度で言うとコペンハーゲンよりも北にある街。この時期は、いくら今年の秋は暖かいとはいえ、朝晩の気温は氷点下に下がります。ヨーク滞在中に冬時間に切り替わったこともあり、北海を右手に眺めながら北上する電車の中で、きっと寒いだろうと覚悟を決めていました。ニューカッスルを越え、イングランドとのボーダーを越えると、緩やかな丘陵地帯が見えてきます。そう、平坦なイングランドとは違って、スコットランドは英国最高峰ベン・ネヴィスを始めとする山々を抱えた部分ですから、日本人の私にはなんだか懐かしいような風景が広がります。到着したのは午後2時頃。最近の英国は、午後2時をすぎると日差しが夕方になりますが、この日も風が冷たくて本当に寒かったです。駅を出たところで写真を撮っていると、向こうからやってきたおじいさんが、「どこから来たの?写真を撮ってあげようか。僕にも日本人の友達がいるんだ」と親しげにしゃべりかけて来てくれました。英国では北上すればするほど人が親切になるというのは本当です。そのおじいさんも、「もう冬になっちゃったんだ、今度は夏に来なさい、素晴らしいから」としきりに寒さを気遣ってくれます。確かに寒い!けれども、弱まりゆく光の中でみるエディンバラは、10年前に訪ねた時の面影はそのままですが、印象がまったく変わって見えます。険しい岩山に二つのお城がそびえる街は、世界遺産の名に恥じない美しいたたずまいを見せていました↑。前回は生まれて初めて自分で計画した海外旅行でイギリスを選び、ほとんど知識もないままにスコットランドにやってきましたが、今回みる北の都は、プラハやドレスデンを思わせる、黒ずんだ石造りの尖塔が立ち並んだ、東欧的な街に思えました。そして、北の都らしく、冬がやっぱり似合います。ここは、やっぱりイングランドとは全然違う国なのです。国としても民族としても、本当に違う二つの国家なのだなぁと言うのが今回一番強く感じたことでした。スコットランドは言うまでもなくケルトの影響の強い部分(ヘブリディーズなどではまだゲール語が使われています)ですが、イメージとしては、コーンウォールやアイルランドと比べて、純粋にケルトというよりももっと北方の民族、デーン人やヴァイキングの印象もかなり強いような感じがしました。この地の文化も独特で素晴らしいものですよね☆

c0105386_548268.jpgエディンバラの街は、東西に走る谷間に鉄道線路があり、それによってオールド・タウン、ニュー・タウンと分けられています。オールド・タウンの中心、ロイヤルマイルと呼ばれるハイストリートにほとんどの観光名所が集中していますが、今回行った主な名所は、エディンバラ城、セント・ジャイルズ大聖堂、そしてホリールード・ハウス宮殿。要塞として使われたエディンバラ城に対して、ホリールードの方は現在も英国王室のスコットランドでの居城として使われている優雅な宮殿です。どちらに行っても、スコットランドのメアリー(カクテルBloody Maryのメアリはエリザベス1世の腹違いのお姉さん。こっちのメアリーはエリザベス1世のいとこで後に暗殺されるかわいそうな女王)ゆかりの場所なので、彼女のエピソードでいっぱいです。1枚目の写真でひときわ高くそびえているのはスコットランドの国民的人気作家、ウォルター・スコットのモニュメントですが、これは世界一高い作家記念塔だそうです。このふたりをこよなく愛するスコットランドの人々が、強い愛国心を持っているのは容易に分かりますよね。c0105386_5481499.jpg1999年にブレア政権はスコットランドに自治を認め、ここは国防と外交以外は完全なる自治権を持つ国です。エディンバラのHSBCでお金をおろしたら、(予測はできましたが)スコットランドの紙幣でした。(ウォルター・スコットの顔が印刷された紙幣・・・これ、イングランドでは嫌がられるんですよね・・)セント・ジャイルズ大聖堂は、スコットランドで宗教改革の行われた場所。宗教改革(イングランドとは違ってこちらはちゃんとした宗教改革です)によって内部の装飾をいろいろこわされた大聖堂は、美しいステンドグラスを持ちながらも禁欲的な雰囲気の漂う、重々しく荘厳な教会でした。そう、久しぶりに訪れる北の都はやっぱりプラハやドレスデンを思わせます。バグパイプの音がとても似合う美しい街でした。そして、カールトン・ヒルからみるエディンバラは、すぐ近くに海の見える街で、さすがにここでいただいたお魚料理はおいしかったです☆

盛りだくさんの旅行だったので、たくさん書きたいこともあり、残りは明日また書くことにします☆まずは、観光編♪
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by ellisbell | 2006-11-10 05:50 | trip

スカーボロ

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今日のケンブリッジは一日曇り空。お昼間でも息が白くなっていました。

それほど寒くてたまらないという感じでもないのですが、窓を開けていると冷えるし、自転車に乗るのにはもう手袋が欠かせない感じです。日本では、今日は二十四節気の立冬。友達の話では今年は日本も暖秋だとか。やっぱり温暖化の影響なのでしょうね。寒いのは大嫌いな冷え性の私ですが、異常気象についてはちょっぴり心配になります。でも、先週の旅行中はすべてスッキリとした秋晴れ。そして寒くもなかったのが良かったです。

ハワースの次に訪れたのはスカーボロ。Simon & Garfunkelが歌ったScarborough Fairで有名でしょうか(もともとは古い英国のバラッドです)。ヨークから北へ電車で1時間ほど、東海岸でも人気のある、北海に面した海辺のリゾートです。街自体は、シーズンオフのせいもあって、静かでのどかな田舎町といった感じでした。ただし、とても高低差のある街で、ビーチに降りるリフトがあるかと思えば、海抜100mほどのところにあるスカーボロ城には、文字通り「上って」いかなくてはなりません。訪れた日もいいお天気で、北海は想像以上に穏やかでした↑。けれどもこの街の歴史はこの海のように平穏ではありません。ヨーロッパに向き合っているその地形から容易に想像できるように、この地は重要な要塞があった場所。それが、写真左手の丘のそびえ立つスカーボロ城なのです。けれどもその前に、このお城の手前にある教会には是非訪れたいお墓があります。家族から離れ、スカーボロのセント・メアリー教会にひとり眠っているのは、ハワースのブロンテ3姉妹の末妹、アン・ブロンテ。期せずして今回の旅はブロンテ尽くしとなりました。

c0105386_5303634.jpg駅からたった一本のメインストリートをまっすぐ下り、古い街であることを証拠づけるかのようなマーケットホール(屋根付きの市場です)からお城を目指して丘を上がっていくと、その教会につきます。3姉妹の中ではもっとも存在感の薄い彼女ですが、1847年、シャーロットの「ジェイン・エア」、エミリの「嵐が丘」と同時に「アグネス・グレイ」という小説を出版しています。日本ではあまり知られていない小説家ですが、英国ではテレビドラマ化などもされていて、ヴィクトリア朝文学を愛する人たちにはよく読まれている作家です(そんなことを言ったら同じく日本ではマイナーですが、ギャスケルなんかもよくテレビドラマ化されているのですよね。BBC万歳!)。1848年に、ブロンテ家の唯一の男の子ブランウェルが結核(だろうと今では推測されています)で亡くなり、半年もしないうちにエミリが同じ病で世を去り、悲しみにくれるシャーロットはもうひとりの、いつも控えめで穏やかな末の妹もまた同じ病に冒されていることを見逃していました。その症状に気付いたシャーロットは絶望しながらも、海辺の保養地スカーボロに行きたいという、妹の最後の願いを叶えるべく、アンをこの地に連れてきます。しかし長旅に彼女の身体はさらに弱り、わずか3日をここで過ごしただけで、「シャーロット、勇気を持って」と励ます言葉を最後にアンはこの地で息を引き取ります。シャーロットは深く嘆きながらも、アンが願った海の見えるこの地に妹を葬って、ひとりハワースに帰るのです。ひとりぼっちでこの地に眠るアンをかわいそうだと思うこともありましたが、今ではそのお墓にはたくさんの人が訪れお花が絶えず供えられています。何よりも、秋の光の中で見たそのお墓は、彼女の人柄そのままの穏やかな雰囲気に包まれていました。

c0105386_5304880.jpgそして、スカーボロ城。ローマ時代から続く歴史を持った地。12世紀に建てられた軍事要塞は、現在では無惨な廃墟と化しています。こわしたのはスコットランドまで遠征中の、市民革命軍を率いたクロムウェル(しかしアイルランドでもそうですけれど、スコットランドでもクロムウェルは残虐非道の悪人。ケンブリッジ近郊のイーリーが出身地ですが、イーリー辺りの人たちがどう考えているのかも一度聞きたいものです)。さらには、第一次大戦中のドイツ軍の誤爆のために、今では崩れた建物がわずかに残っているだけです。けれどもかえってそれが郷愁をかき立て、ロマンチックな姿を見せていました。ここからのぞむ北海は、この日はあくまでも穏やかで雄大で、戦乱が遥か昔のことのように思えました。

本当はこのまま海辺をホィットビーまで行きたかったのですが、交通の便が悪いところなので、次の予定(スコットランド)を考えて残念ながら断念。ホィットビーは、ドラキュラが英国に上陸した街です。ああ、行ってみたかった。小説ドラキュラも英国人の外国人恐怖症とコレラの流行に絡めて論じている学者がいますが、やっぱりスカーボロにしてもホィットビーにしても、ヨーロッパに面した(そしてヴァイキングの脅威におびえていた)地は独特ですね。英国ってバラエティ豊かな国だなぁとしみじみ思いました。
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by ellisbell | 2006-11-08 05:31 | trip

ハワース再訪

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今日もケンブリッジは秋とは思えないいいお天気。

しかし私は、旅行のタイトスケジュールが祟ったか、夜遊びが祟ったか、なんだかのどの奥がひりひりで、風邪を引きそうな気がします。ひどくならないように、はちみつ入りのショウガ湯を飲んで、お部屋を暖かくして、おとなしく蟄居中。でもヨーロッパは乾燥がひどいので、つらいです(涙)。ひどくならずに治りますように☆

さて、2度目のハワース探訪は、秋晴れの日曜日でした。ヨークシャー・デイルズ国立公園の外れにあるハワースは、「嵐が丘」の主役とも言うべきムーア(荒野)に囲まれた小さな村。前回、夏の盛りに訪れたときにはムーアを一面に埋め尽くす赤紫色のヒースの大群に感激しましたが、今回のムーアは枯れ尽くした赤茶色のヒースに覆われているはずです。ヨークから見ると、ほとんど緯度は変わらず内陸に入るだけですが、ムーアを渡る風は強く激しく、たくさんの自然が残る村はずれに到着すると、爽やかで力強い空気に迎えられます。英国らしい緑の木々に覆われた優しい田舎とは対照的に、強い風に阻まれてほとんど高い木が生えないムーアが広がる大地。その中に、ぽつんとある古い街並み。もちろん今では古い村のはずれには住宅街のようなものもあり、近代的な風車が遠景に見えていて、姉妹が暮らしたハワースそのままという訳ではないのですけれど、この荒野と、急勾配のメインストリートは、150年変わらないままなのです。 c0105386_5225719.jpg教会と、その裏にある墓地は、秋の柔らかい光の中で、変わらないたたずまいを見せていました。この墓地に、ブロンテ家ゆかりの人物もたくさん眠っています。作品を理解するのに作家のことを知るべきだとか、その地を訪れなくてはならないとか、そのようなことは思いませんが、やはりこの地をエミリ・ブロンテが歩いたと考えることは、少なくとも私には、とても感慨深いものがあります。不思議なことに、「ジェイン・エア」を書いたシャーロットも、末娘のアンも、ハワースに暮らしたのですし、たくさん牧師館(今では博物館)に彼女たちの遺物があるのですが、実際にハワースで思い出すのは、ブロンテ家唯一の男の子であったブランウェルのこと、そして天才詩人エミリのこと。教会に登る数段の階段を見て、ブランウェルが恋のために身を持ち崩してジンとアヘンにおぼれ、亡くなる前日にこの石段が登れないほど身体が弱っていたのか、と悲しくなり、牧師館の台所を見て、ここでエミリはパンをこねながらドイツ語を勉強し、「嵐が丘」を書いたのだと崇敬の念に打たれます。おそらく、このふたりがハワースをほとんど離れず、その地にもっとも固く結びついているからなのでしょう。シャーロットは世俗的成功を手に入れ、ロンドンなどでも活躍したし、物静かで誠実なアンは、一番年下であるにも関わらず、一番先に家庭教師としてのつらい勤めを引き受け、最後はスカーボロに眠っているのですから。やはり私がこの地で思い出すのが、姉妹の中でもっとも男性的で荒野を何より愛したエミリと、唯一の男の子としての責務に応えられず、失意のうちにハワースで一生を終えたブランウェルのことだというのは訳あることなのかもしれませんね。

c0105386_5233370.jpg前回泊まったInnでサンデイ・ランチ(ローストポーク、もちろんアップルソース☆)を食べて、牧師館と教会を見ます。前回も思いましたが、ギャスケルの書いた伝記でイメージするハワース、陰鬱な牧師館と不機嫌な父親の管理する厳格な教会というイメージは、ここにはまったくありません。ハワース教会は、今回も光にあふれ、ステンドグラスの静謐さに心が静まる場所でした。そして、ムーア。秋のムーアは想像通り、一面の赤茶色に覆われていました。この光景があるからこそ、夏のあの一瞬の美しさがさらに際だつのですよね。そして、同じくらい、この光景も素晴らしく、とても美しいのです。今年二度目のハワースで、どこに何があるのか、どういう風景なのかはよく知っているはずなのに、実際に、厳しい自然の中を吹きすさぶ風に吹かれて、そこに「大地」があるということを否応なく実感させられることは、とても感動的な経験です。「嵐が丘」はやっぱりこの大地がなくては存在しなかった名作なのでしょう。そして、やっぱりこの地には、エミリの天才がそれに呼応した、何か特別なものが存在するのでしょう。来週行くときには、もう少し時間を作って、ゆっくりと秋のムーアを歩きたいと思います。
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by ellisbell | 2006-11-07 05:24 | trip


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