Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
by ellisbell
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百塔の都(4)

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今日は朝から郵便屋さんが来ていました。

いつも思うのですが、うちに来る郵便屋さん、クリントン前大統領にそっくりなのです!そういえばアメリカも大統領選に向けていよいよ走り出しているようですが、気になるのはアカデミー賞。今年は私の愛するジュディ・デンチを始め、英国女優が目白押しなのです。前哨戦のゴールデン・グローブ賞を始め、英国アカデミー賞でも強いのはヘレン・ミレンの"The Queen"。プラハでも大々的に宣伝されていて、帰ったら見ようと思っていたら、こちらではもう終わっていました・・・orz。(郵便といえば、クリスマス前に日本に送ったのに届いていなかったプレゼント、調査依頼を出して2週間、出してから2ヶ月経って、ビリビリに破れた小包が戻ってきました・・・払い戻しもされず、再度送りましたが怒り心頭ですっっ!まぁ見つかっただけ良かったかしら・・・)

c0105386_6222511.jpgさて、プラハ最終日は、ユダヤ人街を訪ねて過ごしました。今度こそ、と旧市街広場の北側、カフカの生家からスタートです。小さなお部屋で生まれたフランツ・カフカ。彼が生まれた当時のチェコはオーストリア(ハプスブルク)帝国の勢力下にあり、彼はチェコ語文化圏の中の少数派である、ドイツ語を母語とするユダヤ人の家系に生まれます。生家は小さな博物館になっていて、彼の生い立ちを順に読んでいると、よく知られている父親との確執や、フェリーチェとの2度の婚約破棄などの伝記に混じって、彼が読み書きも含めてチェコ語も完璧にあやつっていたとの記述があって、少し驚きました。考えてみれば当然なのですけれど、やっぱり彼はチェコに生きた、チェコの作家なのですね。何となく時代や文化を超越したようなところがある作家だとは思いますが、同時にある一つの地域に暮らし、そこで運命を全うしたひとりの人間であったことにも思い至ります。エミリ・ブロンテの家を見たときにも同じように思いました。ひとりの、生きた人間だったのですね、彼らも。極めて当然の事実ながら、改めて感じたことでした。

c0105386_6265128.jpgカフカの生家から北に上がると、ユダヤ人地区に入ります。ゲットーという言葉は、通常ナチスドイツの政策として強制的にユダヤ人を居住させた地域を呼ぶ言葉として使われることが多いですが、プラハのゲットーは、その前からユダヤ人居住区として存在したようです。古い入り組んだゲットーは、カフカの小説にも出てきますが、19世紀に整備され、今のような形になりました。その際にユダヤ教の祈りの家であるシナゴーグなどには手をつけられなかったため、この小さな地域にはたくさんのシナゴーグが存在します。カフカの生家を少し上がったところにはマイゼル・シナゴーグ。現在は、宗教的宝物の展示館として使われています。 (抱き合わせ販売で(笑)、ユダヤ人地区シナゴーグ共通券のようなものを買わなくては拝観できず、いくつかシナゴーグを回ることになりました。写真は旧新シナゴーグ。今も祈りの家として使われるシナゴーグです。切り込みの入った屋根の形が珍しく、現存するヨーロッパ最古として有名なシナゴーグでもあります。)

そこから通りを一つ上がったところにあるのがピンカス・シナゴーグ。これは有名なユダヤ人墓地に隣接する建物で、現在は、第二次大戦のホロコーストで亡くなった、ボヘミアおよびモラビア地方のユダヤ人のための記念館として使われています。中に入ると、白い美しい建物の内部はびっしりと小さな文字で書かれた犠牲者の名前と生没年で埋め尽くされているのです。その数9万人。二階には、有名なプラハ郊外のテレジン収容所で作られた子供たちの絵画作品などが展示されています。素晴らしい絵を描いている子供たちのほとんどが、生きて戻ってくることはなかったことを考えると、改めて歴史の苛酷さ、人間の恐ろしさが胸に迫ってきます。ドイツを回った時に、ミュンヘン郊外にある最初の強制収容所ダッハウに行きましたが、真夏の素晴らしい青空の下、そこで行われた非人間的な行為と、「働けば自由になれる」という有名な文字を持つ門、その門を見ながら生きた人々のことを考えて、言葉にならない衝撃を受けたことを思い出しました。プラハからポーランドはもう、すぐ。オシフィエンチム(アウシュビッツ)もすぐ近くなのです。次回はポーランドにも是非行きたいと思いました。

シナゴーグを出ると、ユダヤ人墓地に入ります。15世紀にさかのぼるユダヤ人地区唯一の墓地は、死者を埋める場所がなくなって、どんどん上に積み重ねていったと言われ、確かに盛り上がった場所がたくさんあります。18世紀にもう使われなくなった墓地ですが、古く傾いた墓石が立ち並ぶ古めかしい墓地でした。ユダヤの歴史なのですね。私は幸福に生きた人々が葬られる墓地を歩くのは好きなのですが、この墓地は何とも言えない感じがしました。ユダヤという一つの虐げられ、同時に自分たちだけの誇りに生きた民族の歴史。東欧の歴史もまたユダヤと密接に関係するのです。

c0105386_6283157.jpgそこを出てから、クラウス・シナゴーグへ。これもまた展示館として使われている建物でした。少し疲れたのでまたまたカフェ・フランツ・カフカで温かいチョコレートを飲んで、元気を回復し、もう少しユダヤ人地区を歩いて建物を外側から眺めました。プラハのもう一つの顔。ますますプラハという街に魅了された1日でした。 写真は先日ケーキを楽しんだカフェ・グランド・プラハ。プラハは格調高い文化の都らしく、カフェ文化が花開いた場所です。前衛的かつ優美なアールヌーヴォー調の装飾が施されたお店の中も素晴らしく美しく、ゆったりヨーロッパらしい香りを楽しめる場所ですが、同時にケーキも結構おいしいのです♪特にチーズケーキは絶品でした☆

c0105386_6252582.jpg夜は19世紀に建てられたホテルでゆっくりお食事。食べたのは伝統的なチェコ料理。内陸部ですから、やっぱりお肉が中心です。








c0105386_624475.jpgローストポークにザウアークラウト、たっぷりのグレイヴィと一緒に出てきます。お味が濃いので必ずついているのが左側に乗っているクネドリーキ(ジャガイモのお団子)。蒸しパンのようなヴァージョンもあり、一緒に食べるとなかなかおいしいです。

素晴らしいチェコ旅行でした。また、絶対、訪れたい国です☆
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by ellisbell | 2007-02-13 06:16 | trip
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