Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
by ellisbell
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アイルランド(北アイルランド編)

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ダブリンで車を乗り捨て、一路、電車で北アイルランドへ。

その前に午前中はダブリンの作家記念館を見て回りました。アイルランドの作家というとそれほどたくさん思いつきませんが、実際に見てみると「ガリバー旅行記」を書いたジョナサン・スウィフトをはじめ、知っている名前がずらり。もちろんジョイスも、オスカー・ワイルドも、私の大好きなゴシック作家達(偏愛する吸血鬼ものを書いてるレファニュとか)も、もちろんショウ、イエイツ、ベケットなどのノーベル賞作家たちの遺品もたくさんあり、それぞれオーディオガイドを聞きながらゆっくり見て回りました。(同じノーベル賞詩人なのに、ヒーニーがなかったのはダブリンと関係ないからなのでしょうか・・そういや、ラフカディオ・ハーンも写真だけが通路にちょろっと飾られてるだけで、かなり虐げられてました。ハーンは英文学史上でも日本文学史上でもちょっと異端扱いでかわいそうですよね。)中でも感動的だったのは、ジョイスの声が聞けたこと。英語のオーディオガイドだったので、ジョイス自身がフィネガンズ・ウェイクの一説を朗読したレコードの音声を聞くことができました。思ったより高めの声。さすがはフィネガンズ・ウェイクで、何を言っているのかはさっぱり分かりませんでしたけど(苦笑)。

そして、ダブリンのコノリー駅から電車に乗ります。ベルファストまでICのような特急電車で2時間ほどです。検札はどうなるのだろう、国境越えはどうなるのだろうとワクワク。電車で国境を越えるときにはいつも電車のスタンプを押してくれるから今回も楽しみです。が、結局誰も来なかった・・・テクニカルには、私はまだアイルランドにいるってこと??これでいいのかイギリス入国管理局!!ほかのEU諸国に比べて厳しいとされる英国の入管ですが、アイルランドとは協定があってかなり緩やかだというのはやはり事実のようです。アイルランド入国の際にはパスポートにスタンプ押されたんだけどな・・・ともあれ、ベルファストに着いて第一声は「寒い!」ダブリンや西の方も寒かったですが、ベルファストはさすがに北だから、お昼間なのに気温が16度。8月の頭ですよ・・雨が降っていて本当にふるえました。タクシーでホテルに向かったら、表示はポンド。そうですよね、今までユーロだったけど、北アイルランドは英国領です。英国に戻ってきたのです。

c0105386_5282072.jpg地図を見たら北アイルランドのインフォメーションセンターとアイルランドのインフォメーションセンターは違う場所にあります。そう、ベルファストというと、IRAの本拠地としてのイメージが強く、テロの影がさす暗い街という先入観をぬぐい去ることができません。何となく街自体も重苦しい感じがするし、雨のせいかしまっているお店も多く、何となくうそ寒い第一印象でした。アルスター銀行の本店や、アングロ・アイリッシュ銀行などという聞いたこともない銀行も通りに並んでいます。やはりカトリックとプロテスタント、ケルト系とアングロ系が対立している本場というイメージがますます強くなります。写真はベルファストで一番有名なホテルである、ヨーロッパ・ホテル。私の泊まったホテルのフロントで地図をもらった時、受付のお姉さんもこういいました。「これが有名なヨーロッパホテルよ、ほら、あの一番いっぱい爆撃を受けたところ。」そう、イギリス系資本の象徴として、隣にあるグランド・オペラ・ハウスと並んで何度もIRAのテロ攻撃の標的になったホテルです。アイルランドをまわっていると、ふとしたところで、いかにイギリスがアイルランドに残虐な植民行為をしたのかを思い知らされます。そしてアイルランドの誇り高き民族がいかに英国支配を苦々しく思ってきたのかも。ゴールウェイで泊まったカントリーハウスのGeorgeも、ブロンテが専門だと言った私にシャーロットの新婚旅行先がすぐ近くだったと教えてくれたとき、北アイルランドだと思ってたわ、と言った私に対して「ああ、アイルランドは昔は、当然一つだったんだよ」と言っていました。私自身の無神経な言葉を恥じ入った瞬間でした。

しかし、それは、おそらく過剰反応だったのかもしれません。ヨーロッパホテルの隣にあるヴィクトリア駅の説明書きを立ち止まって読んでいたら、そこでお客さんを待っていたタクシーの運転手さんが声をかけてきました。「君、歴史を読んでるの?」(ちなみに、アイルランドの英語はとても聞きやすく、少しアメリカ英語に近いような気がしました・・英国人の友人もそれには賛成してくれました。北アイルランドに来ると、英語がまたもや地方アクセントの強いイギリス英語になり、彼と話をするのにも一苦労。)ベルファストはとてもいいところだ、ロンドンなんかの方がよっぽど危ない、と力説するおじさん。確かに、そのおじさんにしても、ホテルの従業員さん達にしても、ベルファストで会った人々は親切でフレンドリーで、アイルランドの人たちと何ら変わりはありませんでした。そう、ベルファストというととかく私たちはテロとばかり結びつけてしまいますが、ごく普通の街なのです。イメージしていた空の暗さはその通りでしたが、それ以外はとても意外なことに、危ない街という印象はまったくありませんでした。

c0105386_5291091.jpg次の日には、北アイルランド唯一の世界遺産、ジャイアンツ・コーズウェイに英語のツアーバスを予約して乗っていきます。これまた絶壁を巡る旅。まずはナショナル・トラストの管理下にあるキャリック・ア・リードという吊り橋を目指します。これまた険しい断崖と、小島を結ぶ吊り橋なのですが、橋は一度にふたりずつしか渡ることができません。かなりこわそう。ワクワクしていたのですが、残念なことにこの日はあまりの強風のため、吊り橋は危険すぎて閉鎖。これまた、前日のニューグレンジと同じく、目前に涙をのみました。渡ってみたかった・・気を取り直して、ブッシュミルズというアイリッシュ・ウィスキーの蒸溜所へ。ものすごくおいしいウィスキーで、私も知っていたので、これも楽しみでした☆実際にここで蒸溜されているらしく、麦汁(wort)のにおいの立ちこめる中、蒸溜の過程を見て、ウィスキーを試飲。案内してくれたガイドさんに「なぜ氷なんか入れるんだ!」と怒られつつ、スッキリしたおいしいウィスキーを楽しみました。それからジャイアンツ・コーズウェイ↑。本当に奇観です。六角形の石柱が、海の中からごつごつと着きだしている様は、とてもおもしろい眺めでした。これは大昔に巨人が作った土手道だという伝説から来ている名前ですが、荒々しく吹き付ける潮風にあらがうように立つたくさんの六角柱を見ていると、大自然の不思議さをまざまざと見せつけられる思いでした。人間にはこんなものは絶対に作れませんよね。(なぜこんなものができるか。ガイドブックは解説してくれてますが、まったくさっぱり分かりません。水を抜いた水田に六角形のヒビがたくさん入るのと同じ原理だそうです。)ベルファストに帰って、もっとも有名なパブ(ナショナルトラストが管理しているらしい建物にある)クラウン・サルーンに行こうとしましたが、予約でいっぱいであきらめ、隣のロビンソンズでディナーを食べて、アイリッシュ・コーヒー(コーヒーに生クリームを入れ、たっぷりアイリッシュウィスキーを注ぎます☆)を楽しみました。ベルファストの街をあまり見られなかったのは残念でしたが、さまざまなもの、いろいろな風景が見られて、本当に心に残るアイルランドの旅でした。これで、アイルランドへの旅は終わり。イギリスに戻ります。

いや、戻る、はずでした。しかし、この日の夜中に、例の、テロ未遂事件が起こります。詳細は、次の日記で。
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by ellisbell | 2006-08-19 05:27 | trip
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