Under the English Sky


英国、ケンブリッジでの生活で感じたことを書いていこうと思います。
by ellisbell
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ハワース

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ずっと昔から、ずっとずっと行きたかった場所、ハワース。念願の、ヒースの花が一面にムーアを染める時期に間に合いました。

ベルファストから到着したのはリヴァプール。本当は、ビートルズの足跡を訪ね、美術館も訪れたかったのですが、フライトの予定が狂ったせいでその余裕はなし。しかしせっかくイングランド北部にいるのだから、強行でそのままハワースを目指します。今まで2回、近くまで行きながらたどり着けなかった場所。今度は、ハイシーズンにリベンジです。リヴァプールからリーズへ、リーズからキースリーへ(なぜKeighleyという綴りが「キースリー」と発音されるのかさっぱり分からん)、キースリーからさらにバスか蒸気機関車でハワースへ。長い道のりです。リーズはとても大きな街。さすが、北部工業地帯の目玉都市だけはあります。キースリーからは蒸気機関車に乗るべきか、バスで行くべきか、ちょっと迷ってとりあえず駅の外に出てみますが、バスステーションがどこにあるのかさっぱり分からず。通りかかったおばさまに聞いてみます。おばさまは、私もそっちの方向だし、わかりにくいから一緒に行ってあげる、と優しいお言葉(確かに15分は歩かないと行けない離れた場所でした・・)。道々お話をしましたが、アイルランドから帰ってきたというと、「私の国よ」とにっこり、教養あるきれいな英語を話される、とてもいい人でした。ブロンテを訪ねてきた、というと、ハワースまでは歩けますよ、と。シャーロットとアンはハワースからキースリーまで歩いたんですよね、と言った私に、私も歩いたことあるわよ、とおばさま。そんなに遠くないよ、1時間半位かしら、とまたまたにっこり。ウォーキング大好きの英国人(正しくは彼女はアイリッシュですが)の底力を思い知りました。しかし、おばさまのご親切はありがたくも、あまりに遠かったので荷物を運ぶ気がせず、結局、夏だけ運転されている保存鉄道の蒸気機関車でハワース入り。(機関車や駅の人たちもみんな優しくて親切。やっぱりイギリスは田舎がいい!!)

ハワースの駅も、例によって、街はずれにあります。ちっちゃな駅の売店で、"city map"をもらえるでしょうか、と聞いた私に、そこにいたおばさまは"CITY map??"と聞き返して来ました。"I'm sorry, a town map, or a village map?"と聞き返したら、にっこりと「これよ」と満足げにコピーされた略地図を差し出してくれます。うーん、イギリス人は田舎であることに誇りを持っているという原則はここでも通用。すさまじい石畳の坂を荷物を引っ張ってガタガタ上がっていくと、広がる街並み(村並み?)はとてもかわいらしいものでした。雰囲気のある素敵なところです。想像よりずっと美しい村でした。その日はもう夕方だったので、B&Bにチェックインして、ハワースのお墓を嬉々としてうろつきまわり、メインストリートを少し眺めただけ。夕食は、ブランウェルが飲んだくれていたBlack Bullというパブに行こうと決めていました。しかしさすが田舎、7時までしかご飯を出してくれず、あきらめてB&Bで本場のヨークシャープディング付きのローストビーフを賞味。でもブラックブルで飲んだビールは素晴らしくおいしかった☆(ブランウェルが飲んだくれていたのはジンですが、私はビールで十分。)

c0105386_2352923.jpg次の日、朝からムーアを散歩します。嵐が丘のモデルとなったトップ・ウィズィンズまでは往復10キロ弱。それは無理としても、せめて途中のブロンテの滝まではムーアを歩きたいと思ってウォーキングをスタート。名残惜しいお墓を右手に、細い道を抜けると、そこは一面に紫の花をつけたヒース↑。果てしなく続くヒースの野原に、激しく吹きすさぶ風。嵐が丘そのままの世界です。moorは普通、荒野と訳されるようですが、それからイメージされる荒れ果てた地とはまったく違います。土が痩せていて木などは育たないけれど、一面にこのヒースが咲き乱れているこの美しさには言葉を失いました。嵐が丘、私の原点とも言える小説の舞台。本当に、感激しました。あまりにも美しい大自然の風景でした。エミリが愛したムーア。ほとんど生涯ハワースから出ることなく過ごしたエミリ・ブロンテはいったいどこからあの激しい小説の着想を得たのだろうかと不思議に思いますが、この大自然あってこその「嵐が丘」だというのを身にしみて感じました。この大地には何かがある。この風景には、天才詩人に何かを吹き込むものがある。うまく言えませんが、それをひしひしと感じる場所でした。ところどころ、そういう場所ってあるような気がします。地霊のいる場所というか、地霊でなくても、呼応する才能を持った天才にインスピレーションを与える何かがあるところ。言葉を絶するほどの感激でした。激しい風に吹かれながら、ぎゅっとショールを身体に巻き付け、エミリの歩いた道を歩きます。同じ姉妹でもシャーロットやアンの小説にはこのムーアは全然出てこないのですよね。エミリのただ一つの小説は、このムーアだけが舞台となっているのに。小説の中で、病床のキャサリンが、熱に浮かされながら、もう一度あのヒースの咲き乱れるムーアに行きたいと切望するシーンがありますが、その気持ちが初めて分かったような気がしました。難解で謎に満ちた作品、十分に理解できないのは今もそのままですが、この地に行けて本当によかった。少なくともこの地が激しくエミリを惹きつけたことはよく分かりました。

その日のうちにケンブリッジに戻るつもりだったので、時間はなかったのですが、どうしてもトップ・ウィズィンズまで行ってみたくなって、ブロンテの滝を越えてどんどん歩き続けます。フットパスは途切れ、石垣を乗り越えて、遠くに一本だけ見える木を目指していくと、そこにその廃墟はありました。今はもう朽ち果て、羊がたくさん住みついています。囲われてすらいない羊。(ムーアには羊もいるのですよね・・ムーアが本当の意味で荒れ地ではないことと、陸の孤島のように思われているハワースが、産業革命の中心であった羊毛産業とも関わっていることの二つも実感されました。)エミリは何を考えながらこの道を毎日歩いたのでしょうか。私もいろんなことを考えながら10キロ弱の道のりを往復しました。本当に美しく、感激的な場所でした。また、絶対、行きます。季節を変えて、何度でも。

c0105386_2351766.jpg疲れ果ててハワースの村に帰還。もう2時前だったので、大急ぎでブラック・ブルでランチ。それからブロンテ姉妹のお父さんが司祭を務めていたパリッシュチャーチへ。思っていたよりもずっと美しく、また、大きな教会でした。またここの墓地は素晴らしくいい。静かで落ち着いた場所でした。ブロンテ達は地下納骨堂に眠っているので、実際にそのお墓を見るという訳にはいきませんでしたが、この下に納骨堂があるという碑をちゃんと見てきました。やっぱりひとりぼっちで眠っているアンに会いに、スカーボロまで行かなきゃならないなあ・・それからブロンテ博物館へ。これまた思っていたよりもずっと明るくてきれいな家でした。伝記を読んで、毎日部屋から墓地を眺めて過ごした陰気な家だと思っていたのに・・数多くの遺品やシャーロットの衣装など、ああ、これはあの時のものだなぁと伝記訳者(の一員)ならではのマニアックな感激(笑)も覚えながら一周しました。暗くなる前にケンブリッジに帰りたかったので、あまりゆっくりできませんでしたが、初めてのハワース、感激的な訪問でした。今度は、もっと荒れ果てた荒野を見に行きたい。またすぐ来るぞ、と思いながらの帰路でした。

帰りはキースリーまでバス(昨日のおばさまの教えてくださった道が役に立ちました!)、キースリーでケンブリッジまでの切符を買い、キースリーからリーズ、スティブニッジ、そしてケンブリッジと乗り継いで帰ってきました。結局合計10日間。長い間家を離れていましたが、どこもそれぞれに印象深く、素晴らしい旅でした。一生思い出に残ることでしょう。疲れましたが、時間が戻るなら、もう一度、同じルートで同じことをしたいと思う、満喫できる旅行でした。
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by ellisbell | 2006-08-22 23:04 | trip
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